アミスタ・デ・プエブラレポート

アミスタ・デ・プエブラはプエブラ州チョルーラにあるクリスチャンの教会です。1983年にアメリカ人宣教師によって始められたこの教会は始まった当時から目覚しい成長を遂げており現在日曜日には7000人の人々が集います。
メキシコにはこれよりもさらに大きな教会はいくつか存在しますが、それでもほぼ毎月行われている各テーマ別の全国レベルの大会は毎回数千から1万人以上の人達が押し寄せ、国内外からも注目を受けています。

始まった当時はプエブラ市で集会をしていたのですが、10年前よりプエブラ市郊外のチョルーラに本拠を移しています。日本人でチョルーラという町をご存知の方はほとんどいないかと思いますが、現在も継続して人が住んでいる町の中ではラテンアメリカでもっとも古い町であり、スペイン人がやって来る以前はアステカ、マヤ文明の祭儀の中心地としてメキシコはおろかラテンアメリカ中から人々を集め大いに栄えていました。考古学者の言葉を借りていうなら、チョルーラはラテンアメリカのバチカンなのです。

チョルーラという名前の意味は「清い水の涌き出るところ」であり、毎月1回のペースで全国レベルの大会が催され、その名前のごとく霊的な新鮮な泉としてここに注がれた霊的祝福を各地に流しています。たしかに、この場所は神様の祝福があふれ流れる場所として備えられた場所でした。しかし、それを阻もうとしたサタンは何千年もの間、この場所を偶像礼拝といけにえの場所にしてしまい、清い泉を数世紀に渡って塞いでいたのです。

もと魔術師だった人の証言によれば、この場所において現在でも数多くの全国レベルの魔術師の大会が持たれてきました。「どうしてこのような場所でそのような大会が持たれていたのか?」と尋ねたところ、2つの答えが返ってきました。1つは、現在は寂れていてもこの場所が古くからの霊的中心地であり、特別なサタンの霊的要塞がある場所だからです。2つ目の答えは、霊的世界において、この場所を失いつつあるからです。現在霊的戦いについてクリスチャンによりいろいろ見解が分かれていますが、確かに霊的世界を見る目はクリスチャンよりオカルトに関わっている人達の方が目が開かれているようです。そうです、クリスチャンの祈りによってこのプエブラ上空の霊的な世界に破れがもたらされているのです。

ラテンアメリカの教会らしく、かなり派手でにぎやかな賛美が主に捧げられています。詳しくはラテンアメリカ賛美レポートをご覧下さい。

 

この教会の特徴と言うより、メキシコの多くの教会の特徴として教会というスタイルをとらない組織作りがあります。アミスタ・デ・プエブラについていうなら、ここは宗教法人ではなく市民の法人団体です。そして教会(iglesia)とは呼ばず会衆(congregacion)と呼びます。またどこにも十字架は見当たらず集会場には一切宗教的な装飾はなされておりません。このような配慮は、メキシコの宗教的背景から来ているようですメキシコではキリスト教会の形をとりながらアステカ時代からの土着宗教を拝んでいる人たちがキリスト教の主流でした。それゆえ聖書的な信仰を持った人(救われた人)は、自分がプロテスタントに宗教を変えわけではなく、本来の「キリストを信じる信仰を持った」という言い方をします。すなわちクリスチャンになったと言います。それゆえクリスチャンの教会も宗教色を出す事を極力抑えているのです。

現在プエブラ市の郊外を中心に全部で50ほどの枝教会が生まれています。また日本をはじめスペイン、アルゼンチン、ドイツ、フランス、イタリア、イスラエルに海外宣教師を送っています。ロドルフォ・ガルサが宣教師として日本に来た当時はまだ海外宣教に全ての人の目が開かれていたわけではありませんが、それ以後多くの人に宣教のビジョンが与えられました。

現在Estandarte para las Naciones(国々への軍旗)という聖書学校が設置され。55人ほどの学生が学んでいます。学生の国籍も豊かで、メキシコをはじめアルゼンチン、ドイツ、スペイン、日本、韓国から学生が来ています。このチョルーラは田舎なので多くの人が不思議に思って尋ねます。こんな田舎にどうしてこれほどまでにたくさんの外国人留学生が学んでいるのですか?」。その答えは、ここは清い豊かな水があふれるところだからです。

アミスタ・デ・プエブラのホームページ