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日本人の良い特性が誤解を招いている

日本人にとって美徳とされていることが世界で良しとされているわけではありません。
 特に顕著なのは「自己卑下」の文化です。
 日本には相手を尊敬し自分を低くする文化がありそれを美徳としています。

 

1)相手を責めない
自らへりくだった態度をとることの延長線上にある特性として、日本人は相手を責めることは他の国の人々より少ないです。

たとえ、相手の責任によって問題が生じたとしても、相手を責めるのではなく、むしろ、それを自分を省み、反省し、より良いものへと変えていくエネルギーとして用います。日本はそのように常に自己吟味し変えていくことによって生長発展していったのです。

 


 

2)正しいことはいつか明らかにされると信じている。
他の国の人が日本人より相手を責める傾向がある理由のひとつは、自分を正しいことを主張する為です。
しかし、日本人は正しいことはいつか明らかにされるという何か信仰のようなものを持っており、たとえ誤解されていても、あえて疑いを晴らそうとしないことがよく見られます。
それゆえ、誤解されたり濡れぎぬを着せられても、それに甘んじてしまうことがあるのです。

 


 

3)自慢や自己主張をしない

日本の文化で自分の実績をひけらかしたり、自慢することはあまりよいこととはされていません。
このビデオにあるように太平洋戦争で沈没した敵艦の将兵達を日本の駆逐艦が危険を顧みず救助しました。工藤艦長は彼らをわが艦のゲストと呼び尊敬を持って接したのです。
そのような美談についても、工藤艦長は人に自慢することなく、戦後数十年もの間誰にも話すことなく風化しようとしていました。
これは、日本人が自慢せずむやみに誇らない良い特性の現れです。

しかし、それによって本来知らされるべき情報が伝えられていないことも起こってしまうのです。

 


 

4)謝罪の文化
道で歩いていて、誰かがぶつかってきても、ぶつかられたほうも謝罪することはよく見られることです。別に細かく状況を分析するわけではないでしょうが過失割合という意味において、相手の責任が9割で自分が1割であるなら悪いのは明らかに相手のほうですが、その1割の分については謝罪したいというのが日本人の心の現われなのです。

また、自分が悪くない状況であっても、自分が謝罪することによって、相手が心を開き、怒りをおさめ、相手もまたへりくだり、自らを省みることを期待して謝罪することも良く見られます。

 

逆に、西欧をはじめ多くの文化では、謝罪することは自分の非を認めることであり、自分の立場を不利にすることなので、たとえ自分が悪くても認めないことがよく見られます。

また、中国や韓国の文化では、たとえ相手が悪くなくても相手を責める傾向があります。つまりその両極端な文化の相乗効果によってまったく事実とは異なる歴史が語られるようになってしまっているのです。