中東の(民主化?) 10/03/07

今年の事件で最大級の出来事であり、将来的に大地殻変動をもたらす可能性がある出来事は中東諸国の民主化です。

民衆の立場に立てば、独裁政権が倒れ自由が広がることは良いことは一見良いことのように見えますが、もちろん良いことずくめではありません。リビアのように各部族が力を持ち中には武装化しているような国では独裁政権によってそれらを一まとめにしていたわけですから、その後の混乱は避けられないでしょう。

また、彼らの不満の第一理由である経済的問題、特に食糧問題については根本的な解決は与えられないであろうと思います。

経済については、一部の人たちの生活が楽になったり、さらにごく一部の人の中から裕福層が生まれることはあっても、生活レベルの低い人たちの生活は良くならないどころか返って悪くなる可能性が高いでしょう。

私にとって身近な国であるスペインは1975年まで独裁政権でした。その後いわゆる民主化がなされましたが、国家破産寸前で物価高、就職難にあえぐこの国を見るにあたって、長い目で見たときに昔のほうが国民は自由で豊かであったように感じます。


私たちはハリウッド映画に見られるようなストーリーに慣らされてしまっています。

映画では最初から主人公と悪役が定められており、たとえ主人公が泥棒や不道徳を行う役柄であっても、その人を応援するように感情移入させられる訓練を無意識のうちに植え付けられております。

ですから、報道というものは世論をひとつの方向に導くように誘導されているがゆえ、中東の問題に対して最初から「独裁政権は悪であり、民主化が素晴らしいもの」という視点でしか見れなくなってしまっております。

それゆえ、この民主化の裏側に、これまで東ヨーロッパの民主化や、ユーゴスラビアの解体においてCIAなどの西側の工作員が用意周到に準備していたことから見られるように、NW○をもたらそうとするサタンの力が働いていたとしても、あまり気にしなくなってしまっているのです。


悪の権化のように報道されているリビアの国家元首であるカダフィーですがその報道に対してはかなりの偏見があるようです。 彼は本当に反政府組織を空爆したのでしょうか? あること無いことを報道しているように見えます。

このことについて知るためにはイラクが良い例です。

私たちは歴史から学ばなければなりません。イラクと戦争をしたかったアメリカはサダム・フセインに無理難題を押し付けて彼が切れるのを待っていました。戦争の大義とされた「大量破壊兵器の隠匿」の濡れ衣を晴らすために彼は国家機密をさらけ出して核査察の受け入れまでしていました。その結果白と出たために、多国籍軍はイラク攻撃に反対しましたが、どうしても戦争をしたかったアメリカは単独でもやると決めて、結局一方的に最後通知を出してイラクに攻め入りました。

戦闘終結後も戦争の大義名分であった結局大量破壊兵器は見つかりませんでしたが、そのころにはアメリカは戦争の理由を「大量破壊兵器」からイラクの民主化にすり替えていたのは記憶に新しいと思います。


それでは私たちはどのように祈るべきか?

この民主化の波は止めれないでしょうし、この問題の背後にサタンがいることを知りつつも、主の許しと御手の中で起こっている出来事であることを認識して、主の光が輝くことを求めるべきです。

けれども、よく言われているように「世の中が悪くなればなるほど、福音が前進する」などとは私は言いたくありません。それは結果的に事実であったとしても、多くのクリスチャンはそのような美辞によって、サタンの働きを手放しで容認してしまい真実を知ることも戦うこともあきらめてしまっているのです。

しかし、神の国の成長とサタンの王国の成長は同時進行で行われていきますから、これらのことが起こることを許された神に信頼し、神の国の成長と福音化の為に祈るべきです。

そういう意味においては真実を知るものとそうでないものとの祈りの間に大きな違いはありませんが「毒麦があることは知るべきである」という記事の中に書いたように別の極端に引っ張られないためにも正しいことを認識しておく必要はあるのです。

現地で働く宣教師たちが守られますように。

これらの混乱から世界の経済が守られますように。

混乱の後に、入り込むグローバリズムの力が打ち砕かれますように。