南北戦争は奴隷解放の戦いか?

奴隷制度うんぬんは、後からこじつけた言い訳なので、南北戦争の原因には関係ありません。

奴隷を使っての農場経営が中心の南部に対して、工業の初期段階にはいった北部の、経済戦争です。

綿花はイギリスから安くて品質の良いものが輸入できたのですが、南部の主張によって高い関税をかけていました。

イギリスは植民地のインドで、綿花の栽培をしてました。

南部側が自分達のを使えって北部に強制していた、とも言えます。

原材料の値段は、製品にはねかえりますので、北部の綿製品の工場主にしてみれば、関税は撤廃させたいですよね。

逆に、外国産の綿製品へは関税をかけて、自分達の商品の値段を保護したいじゃないですか。

関税をどうするかが論争になって、北部に都合の良い主張をした大統領を選出したわけです。

この関税についての政争が元で、南部連盟がアメリカからの独立を主張し、内乱へと繋がりました。

正確には『アメリカの南北戦争』ではなくて『アメリカの南北内乱』ですね、国内でもめてただけですから。

対外的に自分達の主張の正統性をアピールする必要がありましたので、北部はその気もないのに『奴隷解放』を持ち出しただけです。

実際、北部での労働主体に黒人奴隷は少数でしたから、解放した所でなんら不具合もありませんし、労働力の主体にしていた南部へのちょうど良い打撃になります。

だから、北部はさも人道的配慮であるかのごとくに『奴隷解放』を持ち出しました。

自分達は正義の戦いをしてるんだって主張です。

 

これって、良く聞きませんか?イラクとかベトナムとかイランとか。

たんなるお題目でしたので、黒人達の人権がまともな状態になるまでには、それから長い年月と多くの犠牲が必要でした。

本当に人道的見地からの『奴隷解放』であるなら、その時点で人権などの公民権は、全て白人並に保障してなきゃおかしいですよ。

もしも、北部の労働力の主体が黒人奴隷であったなら、『奴隷解放』は存在しなかったでしょう。


さらに別の記事からの引用

 第16代大統領リンカーンは、二ューヨークを拠点に再び財政介入の度を強めていた国際金融カーストに逆らい、大統領権限による法定紙幣(グリーンバック)3億4600万ドルを発行し軍備調達に充てました、12%の金利を要求していたNYの金融屋を蹴ってコストなしのドル紙幣を正当に流通させた事で彼らの利益を大いに収奪したと判断され、暗殺指令がそこで避けられないものになったわけです。


 ロンドン=NYの金融コネクションがリンカーンでさえ固執しなかった奴隷制度廃止に躍起となり、100年以上後になってもメディアを通じて奴隷制度の悪行を強調し続けているのは奇怪です、アメリカ国民に不必要な罪悪感を植えつけるだけが目的ではなさそうです。

 『風と共に去りぬ』を読むと南北戦争以前の南部諸州が(黒人達にも)楽園であった様な印象を受けますが、実際それに近い所ではなかったのか、家族的な絆を大事にする自給自足の満ち足りた社会が金融家たちには目障りな真っ先に破壊すべき対象であり、農園焼き討ちを含むあらゆる手段を通じてその破壊は実行されました。

 彼らが家族的奴隷を否定するのは、労働力とは資本によって支配しなければ意味がないと考えているからで、黒人奴隷のように保護し養う責任まで負担するのは全資本主義の浸透に障害となる(賃金労働者という名の「真の奴隷」だけが存在を許される)所以なのであります。