HAZA5.6月号合併号に掲載された奥山実師の記事の最後の言葉


HZ では、クリスチャンとしてのこの問題のとらえ方を、最後にお話しください。

奥山 歴史を支配し給うのは神さまですからね。私たちは聖書で言われていますね。「万事は相働きて益となる。」(ローマ八・28)クリスチャンは根本的に楽観主義者なのですね。そういう意味では。神を知らない人は、神なしでよく生きてるなあと思います。われわれは神さまがご存知だというので、いろいろ災害は悲しいですけれども、これも益となる。彼らは地上のものを失っても永遠のものを得る。その時が来たのだと思いますね。だいたい東北人は、なかなか救われないからね。本当に伝道が難しいと言われるんですけれど、でもこれによって彼らはインドネシアの中国人みたいに、地上のものを失って天的なものと求める時が来だのではないですかね。 だから、時が良くても悪くても御言葉を宣べ伝えなさいと、命令されていますからね(第ニテモテ四・2)。

福音によって救うことが最高のことでしょうね。いろんな大きな犠牲を払いましたけれど、永遠のいのちをこれによっていただいたら最高ではないですかね。私たちの役割は、あくまでも、時がよくても悪くても、御言葉によって牧っていきたいですね。これは大リバイバルにつながるものです。これだけで終わらないと私は感じています。

 黙示録を読むとわかりますけど、何か大変革の始まりだと思います。日本人にとって。科学的にもそうですね。九州のほうも何年周期ってあるでしょ、地震は。昔、九州に大津波が来ているんですね。周期的に、もうその頃なんですよ。科学的に、富士山も危ないんですね。私は時が来ているんだと思います。のがれの町のような大きな施設や教会を作っておかないと、誰が来ても大丈夫だというものを作っておかないと、これは教会の役割ですね。被害地にはもう物資というものは充分人ってきているようですね。あとは心のケアーでしょう。これも教会の役割です。

HZ 緊急なインタビューをありがとうございました。