結婚相手を見つけるのに、具体的にイメージするとよいという教えがあります。
つまり、願う相手の身長、体重、性格、能力、収入、国籍、家庭環境などについて具体的な希望を書き出して祈るというものです。
この方法によって、自分にぴったりの結婚相手を見つけることができたという証をいくつか聞いたことがあります。
つまり、そのような教えは証による力強い教えです。
私は別にそれに反対するつもりはありませんが、ただ、知っておくべきことは、それは「よい教え」であって絶対の真理ではないということです。
というのも、神の言葉はこのように語っているからです。
イザヤ55:8 「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。「「主の御告げ。「「 55:9 天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。
また、別の教えとして、
イサクが散歩(原語では「思い巡らしている」=「神と交わりを持っている」)している時にリベカという伴侶が与えられたように、神を求めているなら自然に伴侶が与えられるという教えがあります。
しかし、それだけではバランスの欠いた教えです。
まず第一に、当時と今では結婚対する習慣が違います。
二つ目にイサクには大金をはたいて伴侶を探してくれる父がいました。
三つ目にイサクは父が選ぶ相手なら誰とでも結婚するという従順さがありました。
それらのどれにも当てはまらないのでしたら、自分で積極的に結婚の対象者と知り合う機会を持ったほうがよいでしょう。