2日目6/13(月):荒野の生活様式
■ 受身の生活
彼らは自分の行き先を自分で決めたのではなく、基本的には火の柱、雲の柱についていきました。雲が動いたときには、彼らはいそいで宿営をたたんで出発しました。雲が動かないときには、何ヶ月も同じ場所にとどまったのです。(出エジプト記 13:21-22)
■ 同じところをぐるぐる回っている。
イスラエルの民はエジプトからシナイ山まで50日でたどり着きました。その調子ならあと二、三ヶ月あれば約束の地にたどり着けたでしょう、しかし彼らは40年かかりました。それは単に歩みが遅かっただけではありません、同じところを回ることもあったのです。
■ 最低限の生活だが、必要は備えられた。
食料:
天からマナと呼ばれる食物が安息日以外の毎日降り、彼らの生活を支えました。彼らは基本的に毎日奇跡を体験していたのです。(出エジプト記16:12-35)
水:
有名なのは出エジプト記17章(出17:1-7)と民数記(民数記20:1-13)の記述ですが、その他にも水は奇跡的に与えられていたはずです。なぜなら、第1コリント10:3-4の記述によると、水を出した岩というのは、彼らが行く先々に常にあったからです。
■ 神の恵みは尽きない
服は擦り切れなかった。(申命記8:4)(ネヘミヤ 9:21)
それはなんという奇跡だったのでしょうか。
デボーション
1) 自分のいる場所を確かめましょう。
最低限の生活は確保されているので、ある人にとっては、その荒野を快適に感じるかもしれません。
いくら居心地が良くても、そこがとどまるべき場所であるとは限らないからです。
2) それと同時に今、与えられているものを神に感謝しましょう。
荒野で神に不平を言ったイスラエルの民のようであってはなりません。
3)神が共にいるのを知りましょう。
水を湧き出させた岩が常に民と共にあったように、振り向くなら、主は共におられるのです。