4日目: 世代交代と引継ぎ
次世代の建て上げについて前回書きましたが、それをより進めていくときに「引継ぎ、世代交代」という言葉で表現することができます。
とはいえ、勘違いしないでほしいことは私たち夫婦がもうすぐ牧師を引退するという意味ではありません。
実際、(幸い?)まだ私たちは必要とされている用です。(笑)
アブラハム、イサク、ヤコブの神という言葉がありますが、主の御業は第一世代だけで完成されるものではありません。むしろ、共に働くのです。
教会が、成長し続ける為に必要なことの一つは、この世代を通じて機能していくということです。
、五十代六十代、三十代四十代、十代二十代が共に立て上げていく必要があるのです。
つまり、世一般が言うところの世代交代とはニュアンスが異なるということです。
ですから、もし私たちの教会に副牧師が立てられることがあるとしたら、それは、私たちの働きを減らすためのものではなく、より多くの教会メンバーの方々が教会の働きに加わっていくためのものなのです。
それを実現させるために、既存の教会のパターンに則る必要はなく、大切なことは、現在神様が私たちの教会に願っていることを行うということです。
そしてその計画は、おそらく私たちの教会に対してだけでなく、多かれ少なかれ、今の時代の教会に求められていることだと思います。
私たちの教会にはフルタイムの奉仕者はおりません。
また、この人生100年の時代に、長年労苦して引退した牧師夫婦を生涯支え続けるとしたら、よほど大きな教会でなければ難しいことでしょう。
もちろん、牧師スタッフの中にはサポートを受けている人はおりますが、それは、雇用関係における給料制(※)ではなくサポートという形で渡されております。
つまり、それは働きの対価ではなく、その人の必要やねぎらいの意味を込めております。
ですから、それは、義務を生じさせるものではなく、すべての教会のメンバーと同様に、あくまでも自由意思に基づいて仕えるべきだと思います。
会堂を持たない点など、私たちの教会のやり方はその他の教会のやり方と違うところが多くあります。
だからと言って、私たちのやり方が正しいといいいたいわけではありません。
私たちの教会には多くのリスクを宿しております。
※ 参考記事
それでも、何とかしようとしている理由は、
「死に行く教会」※という記事にあるように、いま日本の教会は大半が死につつあるからです。
私たちの教会も含めて、誰も自分のところは大丈夫だとは言えないのです。
事実私たちの教会は最近の十数年の歴史の中で最も小学生の数は少ないのです。
ですから、その問題は対岸の火事ではなく、明日は我が身ととらえる必要がるのです。
※ 死に行く教会の記事は結構長文ですが、次回9月に開催される断食週のテーマにしたいと考えております。ですから、教会のこのテーマに重荷を感じる方はあらかじめ読んでおかれると良いでしょう。
そして、他の教会と違ったことをする理由は「リスク分散」といいう意味合いがあります。卵を同じかごに入れて保管してはいけないということにも通じます。
デボーション
、自分が何をすべきかを主に尋ね求めましょう。
「SCGが抱える7つのリスク」という記事は参考になるかもしれません。