第1日目:良い死


死は再生のためにある

死という言葉は一般的には不吉な意味を持っております。
しかし、私たちクリスチャンは死には良い死と悪い死があることを知っております。

この悪い死についても世間一般とクリスチャンとではその価値観が異なっております。
私たちが知っている良い死とはそれは復活のための死です。

私たち人類はみな死に向かっており、ある意味死ぬために生きているのです。
それはすべての人にとってそうですが、キリストを信じる者は意味が異なります。それは、よみがえりの希望があるからです。
それは新しい不死の体が与えられるための死であり、古い滅びていく肉体が死ぬからこそ新しい復活の体が与えられるのです。


ここまで読まれたみなさんは今回の企画の意図を知っていただけたと思います。
もちろん、「死にゆく教会」という記事を先に読んでいただいたように、一つの意図は、私たちが滅びたり縮小したり少子高齢化することが無いようにするためのものです。

あるいは、2022年の5月に「SCGが抱える7つのリスク」というテーマで語った内容のように、私たちが良いと思ってしている事柄のコインの裏側には私たちが衰退してしまうような要素が数多く潜んでいることについて知る必要があります。

しかし、良い死というものもあります。
良い死という意味においては、クリスチャンの多くが思い浮かぶことは「自分に死ぬ」という言葉かもしれません。確かに聖書の原則は「死ぬものは生きる」だからです。


しかし、知ってほしいことは、これは何も、自分を殺して神のみ心に生きるというような大きな事柄についてだけではありません。実際、私たちの体は細胞レベルにおいて日々死んでいるのです。

「古い細胞と新しい細胞が入れ替わる。」

私は、中学生の時に、体の老廃物が血管を通って体外に排出されることについて、学びました。その時の私に理解力がなかったからなのか、あるいは当時の教育においては正しく教えていなかったからなのかわかりませんが、古い細胞は老廃物として排出されると聞かされておりました。
しかし、たんぱく質の塊である人間の細胞を古くなったからと言って排出するには無理がりますし、第一もったいないです。

実際には、この入れ替わりの過程は「自食作用」オートファジーということばであらわされております。
その意味は文字通り細胞が細胞を食べるのです。
古い細胞は新しい細胞の糧となり、細胞が再生されるのです。
そして、その古い細胞が食べられる過程でがん細胞やその他の良くないものが消滅するのです。


ですから、知ってください。
私たちは良い死をする必要があります。

 


ところで、死と再生トピックをこの断食週にするのは理にかなっております。

このオートファジーの過程は16時間以上の空腹時によく作用するといわれております。
私たちは断食に霊的な意味があるのを知っております。それは断食をするときに霊的な意味でもオートファジー機能が作用するからです。


デボーション

@ 自分の滅ぶべき古い部分が何かを見極めましょう。

A 教会が死につつあることを自覚しましょう。

B 再生のために何ができるかを主に祈り求めましょう。