■(2)■聖霊の働きと意義について ■
聖霊は神の霊であり、神ご自身です。
聖書には、聖霊、御霊、キリストの御霊、神の御霊などといった様々な表現がありますが、それらは基本的には同じものを指しております。
神様は三つで一つの存在ですが、どうして、聖霊という形で存在されるのかと言いますと、その理由の一つは、キリストを信じる一人一人の内に宿るためです。
聖書には聖霊によらなければ誰もキリストを主と告白することができないと書かれています。(1コリ12:3)
また、キリストの御霊を持たないものはキリストのものではないとか書かれています。(ローマ8:9)
つまりそれは、キリストを主として告白し、クリスチャンになったすべての人の内には聖霊が住んでいることを意味します。
この御霊は
.(1)救いの証
.(2)神様がともにおられる
.(3)私たちを作り変え、私たちに賜物を与える
.(4)死んだあと私たちをよみがえらせる
.(5)花婿なるキリストとの婚約指輪
.(1)救いの証
キリストを信じたその時に聖霊は人のうちに住まわれます。
聖霊を持っていない人はおりません。(ローマ8:9)にあるように、その人はキリストのものではないのです。
.(2)神様がともにおられる
キリストの来臨を預言したイザヤ書7章14節には、キリストを「インマヌエル」と表現しております。
これは「神がともにおられる」という意味です。キリストがこの地に来られた理由は神様が私たちと共に住まわれることです。
それは今から2000年ほど前にベツレヘムで実現しましたが、キリストがずっと地上におられるわけではありません、しかし、彼が昇天した後、聖霊という形で、すべての信じる人に聖霊が注がれ、今日に足るまで、神がともにおられるという事が実現したのです。
.(3)私たちを作り変え、私たちに賜物を与える
ここでいる作り変えられるものは私たちの人格です。
そして、与えられると表現しているものは聖霊が私たちに与える奇跡的な能力です。
この人格についてはガラテア5章22-23節に書かれたいわゆる「聖霊の実」です。
奇跡的な能力である聖霊の賜物については、第1コリント12章8-10節に書かれています。
どちらが大切かといえば、もちろん人格です。人格のない人に力を与えるなら、危険であることは明らかです。
.(4)死んだ後に私たちをよみがえらせる
ローマ人への手紙8章11節には、御霊がキリストを死者の中から蘇られせて、同じ御霊が、将来的に私たちを死からよみがえらせると書いてあります。
.(5)花婿なるキリストとの婚約指輪
エペソ書5章31節〜32節を読むなら、この地上における夫婦の関係というものは、キリストと教会の関係を表していることが分かります。
それを理解しているなら(第2コリント1:22)や(エペソ1:13-14)に書かれた、聖霊の内住は婚約指輪のようなものであることが分かります。
キリストを信じる人は死んで終わるのではなく、その後に復活の希望があるのですが、それはキリストと再び一つとなることを意味します。
しかし、この地上にいる間は、まだ私たちはキリストを見ることはできませんし、いつも感じることができるわけではありません。いわば、婚約期間中に婚約者と会うことができない状態です。
そういった中、婚約指輪の存在は、私たちが将来キリストと結ばれる希望があることを思い起こさせてくださいます。
デボーションのポイント
1) (ガラテア5章22-23節)にあるように私たちの内側で御霊がその実を結んでくださいますよに祈りましょう。
2)(第1コリント12章8-10節)にあるように、聖霊の力が私達を通じて働くよう祈りましょう。