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異言の祈りの隠れたメリット ■
先に話したように、異言を否定する人たちがいます。
彼らは、異言を語らないので、そのメリットについても知りません。
彼らはいうかもしれません。(第1コリント14:2)を読んで、メリットといってもせいぜい「個人の徳を高めるぐらいでしょ?」ぐらいしか思わないようです。
しかし、そのメリットはそれだけではありません。
.(1) 長時間祈り続けれる
.(2) 異言はその他の賜物の呼び水
.(3) 霊の賛美、預言的賛美への入り口
.(1) 長時間祈り続けれる
これを言ってはみもふたもないかもしれませんが、日本語で祈る場合に祈りの言葉に限界があります。
しかし、異言で祈るならいくらでも祈り続けることができます。
私の経験では7時間ぐらいは祈れます。
ここまで説明しても、体験していないとそのメリットを理解できないことと思います。なぜなら、「長時間祈れるたって、おなじことを繰り返しているだけでは意味がないと考えるからです。
しかし、そうではありません。異言の祈りは霊の祈りですから、聖霊がその祈りを助けてくださるのです。
聖霊が助けることについては(ローマ8:26)に書かれてあります。
ここに書かれた「うめき」がイコール、異言の祈りではないと思いますが、それは、聖霊によるマニュフェステーションの一つなので、関連があるのです。
人に語るものではない神との会話
(第1コリント14:2)を見ると、 異言とは神様と会話であることが分かります。
そうであるなら、それは一方的な独り言ではありません。
肉の耳で具体的に神様の声が聞こえるというわけではないでしょうが、神からの応答を感じることができ、それによって祈り続けることができるのです。
.(2) 異言はその他の賜物の呼び水
呼び水という言葉をご存じでしょうか?これはポンプで水を汲む際に最初にポンプに入っている水の事です。
北海道人にとって分かり易そうな例は、灯油を移すためのシュポシュポの「手動ポンプ」です。
一見、手動なので電動ポンプに比べて疲れそうに見えるかもしれません。しかし、力がいるのは最初だけで、一旦パイプ内に灯油がいきわたると、移す先とに落差があるなら、サイフォンの原理によって、自動的に灯油が流れるのです。
(第1コリント12:6-11)には、「知恵のことば、知識のことば、信仰、いやしの賜物、奇蹟を行なう力、預言、霊を見分ける力、異言、異言を解き明かす力」などといった9つの聖霊の賜物についてい書かれてあります。
これらは、ダイナミックに教会を建て上げていくために必要なものですが、いきなりこのような奇跡的な力を発揮で来るようには思えないかもしれません。
その難しさは、地面の下に流れる地下水をくみ上げる事のような難しさかもしれません。
たしかに、いきなりは無理でしょう。
しかし、呼び水があるなら、それらを手に入れることができるのです。
異言は誰でも語ることができますし、個人の意思で祈り始めたり、祈り終えることができます。
自分でコントロールできる範囲で用い始めるときに、超自然的なその他の賜物が満ち溢れるのです。
.(3) 霊の賛美、預言的賛美への入り口
異言で祈ることばにメロディーをつけると、それは誰でも簡単にできる霊の賛美となります。
詩篇の多くの個所に「新しい歌を歌え」とあります。
この新しい歌とは、最近発表された新しい賛美の歌という意味ではありません。
霊感によって即興的に与えられる、霊の賛美なのです。
いきなり、歌詞を浸けて歌うことはハードルが高いでしょうが、異言にメロディーをつけて歌うなら、誰でも簡単にできるのです。
異言の賛美は預言的な賛美の呼び水である。
異言にメロディーをつけて歌うことができるなら、こんどは、少し日本語などの自分の言語で加えてみると良いでしょう。
最初は、「ハレルヤ」や「麗しい主」などといった短い言葉を異言の中に織り交ぜると良いでしょう。
他にも、思いついた御言葉をメロディーに載せるなどして、バリエーションを増やしてみてください。
そうするうちに、聖霊の力も働くので、どんどん言葉が溢れてくるようになり、具体的な言語の新しい歌を歌うことができるのです。
デボーション
(1) 異言で長めに祈りましょう。
(2) 異言で祈れない方は聖霊のバプテスマを受けれるように求めましょう。
(3) 新しい霊の歌を歌って賛美しましょう。