1日目:神様は全ての人の上に計画を持っておられる

エペソ2章10節を読むときに、 私たち一人一人の上に神様の計画があることが分かります。


そして、そこに書かれているように、私たちが神によって作られた理由は、私たちが良い行いをするためなのです。

良い行いという言葉はギリシャ語で「エルガ・アガサ」です。

「良い」が「エルガ」ですが、この言葉には、善い、価値がある、神にかなったという意味があります。

アガサは仕事や作業を意味する一般的な言葉です。

神様はご自身の公正なる道を定め、私たちに示しておられます。

「やみくもに何でもやってごらん、その中には善い働きもあるから」とは言っておられないのです。

psalm_32_8.htm

つまり、私たちがするべき行動は、「善い行い、価値がある行い、神にかなった行い」これらであるかを常に確認する必要があります。

もちろん、趣味を持ったり、気晴らしをするなどといった、人間としてのたましいを満たす行動も重要なので、そういった行為は問題ありません。

それらは私たちの、心や体の健康維持のために、また、心にゆとりをもたらすために必要なものです。

しかし、何をするにしても、基本的には、それが、先の三つの目的にかなっているのかどうかを確認する必要があるのです。


それが分かると、聖書の中にある極端に見える御言葉の意味が分かることでしょう。

ローマ14章23節に「信仰によらないものは罪である」という言葉があります。

これは、いわゆる「信仰的な行動」以外はダメと言う意味ではなく、「信仰、御心、善いもの、価値があるもの」などといった舞台の上に乗って私達が行動しているのかを確認するようにと語っている言葉です。

ですから、大切なことは、私達は時々立ち止まって、慰安している行動が「信仰、御心、善いもの、価値があるもの」とどうかかわっているのかについて確認する必要があるのです。


もう一つ大切なことは、神様の導きを求めるという事です。

私達の教会には良い教えがあります。

それは、「人は自由で、人の決断を通じて神様が働かれる」という教えです。

この教えは、人を宗教的な束縛から解放したり、御心を行えなかったのではないかと自分を責めることから解放する為には役立ちました。

しかし、それは一つの側面に過ぎません。

神様が私たち一人一人に良い計画を持っているのであるなら、私達はそれを求める必要があるのです。

詩篇32:8 私はあなたが行く道であなたを教えあなたを諭そう。あなたに目を留め助言を与えよう。

32:9 あなたがたは分別のない馬やらばのようであってはならない。くつわや手綱そうした馬具で強いるのでなければそれらはあなたの近くには来ない。

そうでないと、私達は失うものがあるのです。


エペソ2章10節を理解するにあたって、注目してほしいことは、この言葉は(エペソ2:8〜9)にあるように、「行いによって救われるのではなく、恵みによる」ということを確認した後だということです。

つまり、その善い行いとは、救われた結果の行為なのです。


デボーション

(1)神様にあるアイデンティティが崩れていると感じたなら、祈りや黙想、あるいは信頼できる人に打ち明け重荷を負いあうことによってとりもどしましょう。

(2)自分の行動が、「信仰、御心、善いもの、価値があるもの」に基づいているか吟味しましょう。