人間関係という偶像は21世紀の教会にとってけっして小さくない妨げとなる (16/02/01)

今日、教会のカルト化や有名な説教者が間違った教えやムーブメントに入っていくのを見ています。

それにはさまざまな原因があるでしょうが、決して小さな問題ではないのは「人間関係を壊さないように」という配慮です。

人間関係を壊さないようにする為に真実や真理を曲げる意図の中には、それによってミニストリーの機会が広がったり、サポートを受けていたりなどといった少し不純な動機もあるかもしれませんが、純粋に人から拒絶されるのを恐れて反対意見を言えないということもあるのです。

また、そのミニストリーが素晴らしければ素晴らしいほど(素晴らしいと思い込んでいるなら思い込むほど)、大儀の為に小さいことに目を閉ざすこともあります。

しかし、その小さいことが時には大きな問題なのです。


主ご自身が「平和を与えるためでなく分裂を与えるために来た」(ルカ12:49-53)と語っておられることを忘れてはなりません。

そして、「なぜ自分から進んで、何が正しいかを判断しないのですか。」(ルカ12:54-57)と語っている主の言葉を厳粛に受け止める必要があるのです。


終末のひとつのしるしは愛が冷えることです。(マタイ24:12)そのような孤立しがちな時代にあってクリスチャンは愛や一致を意識して行おうとします。それ自体は良いことなのですが、わなが潜んでいることを知らなければなりません。