ドゥテルテ大統領
彼はダバオ市の検察官として10年働いた後、市長になりました。
ダバオ市はかつてはフィリピン共産党(CPP)の軍事組織である(NPA)新人民軍New Peoples Armyの力が 強かった土地です。
そのダバオで彼は1988年から2016年までの期間のほとんどを市長をしておりました。(長期の再選を防ぐための措置を取っていましたが、実質彼が最高権力者でした。)
彼の采配下でフィリピンでも最悪であったダバオの治安は劇的によくなりました。とはいっても、これは、「ダバオ死の部隊」(Davao death squads)と呼ばれる組織が、犯罪者を超法規的措置によって殺害してきた事によります。
しかも、この「ダバオ死の部隊」主要構成メンバーは元(NPA)新人民軍でしたので、彼と共産党とのつながりはかなり強かったといえます。
また、彼の大学時代の恩師はフィリピン共産党の創設者ジョマ・シソンです。
そんな彼が2016年フィリピンの大統領になりました。
彼の目だった政策はダバオ時代と同じように、犯罪人を怪しいというだけで裁判無しで民間組織が処刑することで、これまで数千人が殺され、市を免れようと大勢の人が自首し、刑務所は犯罪者であふれています。
ここで、恐ろしいのは、処刑人は自分の判断で怪しいと思うだけで自由に人殺しをすることができ、またそれが罪と問われないことです。
つまり、誰であっても、いつでも殺される危険があるということです。