泊原発とりなしレポート

2008年6月17日、私たちは泊原子力発電所を訪れてとりなしの祈りをしました。

洞爺湖で開催されるG8サミットの直前だったと言うこともあり、普段より警戒が厳重でした。

また、同様の理由で原子力発電所を見下ろす高台からの見学コースは閉鎖されていました。

私たちは、原発を見ることができる場所を探しましたが陸側には無いようです。(岩内港を隔てて遠目に見ることはできる。)

私たちは 原子力PRセンター「とまりん館」を訪れました。そこで何人かの職員と話をしたのですが、一様に感じたことは「彼らは質問を受けることを恐れている」ということです。実際にそうなのか、それとも霊的なことの表れなのか、とにかく「恐れ」を感じました。

実際、この共和町全体が恐れに満たされていることを感じました。原発資金が投入され町はこぎれいなだけにその言いようの無い「恐れ」が強調されているように感じました。

私たちは、原発の正門近くまで行きとりなして祈りました。

差し迫った祈りとしてはありきたりの「原発が事故から守られますように」というような祈りですが、この原発の由来はもっと根深いのです。

どうして地震大国のこの日本にたくさんの原発があるのかといえば(アメリカ、フランスについで世界第3位)これは押し付けられているのです。

※日本には17箇所55基原発があります。

どうして押し付けられているかについては今、解説は控えますが、これはグローバリズム、NW○が大いに関係しています。

そしてその策略は、ばら撒き行政によって麻痺された地域住民の賛同と、弱みを握られたり便宜がはかられた行政がわ、また現在の豊かな生活を捨てられない一般市民との賛同の元で進められているのです。


その策略の一環として「地球温暖化二酸化炭素説」を作り上げたのです。

特に、2008年のG8サミットは「環境サミット」と呼ばれるぐらい二酸化炭素排出をどのようにしたら減らせるのかという茶番劇(※)です。

※二酸化炭素が地球温暖化の原因でないことは明らかです。

偽りの環境保護の名目で、永遠にその地を放射能で汚してしまう可能性のある原発を推進することは明らかに愚かなことです。


ですから、原子力発電所への祈りは、終末のための大きな祈りの課題なのです。

祈りの課題

1)原発が守られますように。(全国の原発の位置情報はこちらにあります

2)敵の偽りの力が打ち砕かれますように。

3)日本国民が真実に目が開かれますように。