主が掲示したからと言って、それは道しるべに過ぎない場合もあります。

預言的行動はその場における啓示に基づいたものなので、神の御言葉のような永続的なものではありません。そのときには良いものであっても、次の時には導きとは限りません。

預言的行動と呼ばれるものを正しく評価するためには、本質を捉えるバランス感覚が必要です。

使徒の働きの中でペテロが夢心地の中で主から「コシェルでない(聖くない)動物を食べなさい。」という啓示を受けましたが、それは文字通り、そのとき以来主がコシェルを廃止したのではなく、それまで交際が禁じられていた異邦人のところにペテロを遣わすための下準備だったのです。

ですから、受けた啓示をそっくりそのまま受けとって、それに固執したり、それそのものの良し悪しを論議するのではなく、その啓示が言わんとしている事に対して目を留めるのは重要です。