患難が7年間、あるいは3年半あるであろうという前提で書いていますが私自身それは仮定というレベルにとどめておくべきだと考えています。
したがってここに書いた、私の自説は仮定の仮定ということになります。
けれども大切なポイントは、終末のアジェンダ(計画進行表)はすでに決まっており、それがどうなるかを「受動的に」聖書を調べて探り出すものというより私たちの祈りによって「勝ち取っていく」ものであるべきだということです。
マタイ20章20〜22節を見るなら、私たちの祈りによって患難の時期を変化させることができると書いているからです。