たとえ今の時代に必要なことであっても、先の時代にはそれを教会が無視することを許容されている場合もあります。

たとえば20世紀に入るまで、終末におけるイスラエルの存在意義やユダヤ人という存在を教会が無視することを神は容認されていました。けれども、今日、それらを含めることなしに福音の全体像や終末を知ることができません。

ですから、逆に言えば、今日、啓示を与えられているクリスチャンが過去のクリスチャンを批判的に語る場合がありますが、それは思い上がりです。たとえば、イスラエルを祝福している者が「ルターはユダヤ人を迫害していた」ということが良くあるようですがそういった批判は正しくありません。

われわれにできることは、クリスチャンは、与えられた時代に、与えられた啓示と武器を用いて神の御心をまっとうできるように努めていくことだけなのです。