「神の恵みの手の中で形作られて」
クリスチャン月刊誌HAZA2019年6月号より転載
■教会の歩み
私達の教会は、一九九一年にメキシコから来られたロドルフォ・ガルサ師とその家族によって始められました。
妻は開拓当初から通訳者として奉仕し、私も二年後に大阪より移住し、働きに加わりました。
後に結婚し、私たちは一九九八年に副牧師に任命され、二〇〇一年にガルサ家族は帰国されました。
その十年間で日曜日の礼拝出席者は四十人以上になりましたが、牧会を引き継いでから二年後、かなり多くの人たちが不満を持ち、教会を出て行きました。
ガルサ師は、メキシコでは名の知られた大きな器でしたので、彼を慕って集まった人たちが私のリーダーシップに失望したというのも理由だったのでしょう。
この混乱の中で、最終的にはスタッフの数が半分になり、残ったメンバーはスタッフとその家族以外ではたった二人だけとなってしまいました。
■ 混乱の中の大きな祝福
その時は、特に妻にとって鬱々とした日々でしたが、後にそれが祝福へと変えられました。
この問題をきっかけに、教会の本質とは何かを考え、それを促進させるようになったからです。
その本質とは、@キリストを体験すること A変えられた人生 B関係を建て上げる事などです。
一連の出来事は、それまでのパフォーマンス思考的だった教会のあり方を考え直す機会となり、再生産可能な教会運営を目指すようになりました。
当時の混乱の中でもとどまり続けたスタッフ達は、今でも教会の柱として仕えています。
一緒に炎をくぐったがゆえに、彼らは教会を支え続けてくれることを私は知っていますし、また、私達も彼らを失望させるようなことはできないのです。
■ 欠乏が本来の働きを顕す
教会の混乱とは裏腹に、その過程を通じて夫婦の信頼関係が強まり、親密さが深まりました。
教会に集う子どもは四人だけでしたが、彼らを建て上げていくことを通じて、今日の子育てに対するミニストリーの基礎ができました。
今日、家族というテーマで活動をしていますが、最初からそれがあったわけではなく、その時は私達にできることはそれだけだったのです。
■変化する方法
それまでの方法が通用しなくなったこともあり、自分らしい方法を用いるようになりました。
たとえば、昔も今も夫婦に対する働きはありましたが、内容が違います。
以前は、ロマンチック・ナイトと称してメキシコ人の牧師が妻にセレナータを弾くデモンストレーションをするなどのイベントを催していました。
しかし、私達はそのようなことをしませんし、できません。できたとしても、それが再生産可能だとは思えませんでした。
ですから私達は、もっと直接的に日本人夫婦の必要を満たすような教えを通じて、心を取り扱っています。たとえば、夫婦の親密な性が聖書的であり、霊的なものであることについてなども教えています。
日本人のセックスレスの問題は深刻ですが、逆に言うなら、後回しにされていたこの分野も含めて取り扱うことは、夫婦の問題を打破するための大きな武器となるのです。
■ 霊的覆いとメンタリング
十八年経った今でも、先代の牧師とメンタリングを持っています。
基本的に毎月電話で話し、彼らはほぼ毎年来日し、私達も数年ごとにメキシコを訪問しています。
宣教師を一人送り、また幾人かの教会の青年達をメキシコの聖書学校に送り、卒業させています。
■ 心の変革による再生産
二〇〇八年に家族単位で救われ始めたことにより、子どもの数は増えましたが、今では想像もつかないことですが、子ども同士のけんかも絶えませんでした。
それは、成長過程で傷を受けてきた親達の心の表れでもありました。
そういった状況に対処するために、あるスタッフは親子関係がギクシャクした家庭に毎週通い、子どもと時間を過ごし、親に寄り添いました。また、誰かに対して悪いことをしたケースであっても、表面的な謝罪や悔い改めを促すといった対処で済ますのではなく、その行動の原因や、心からの悔い改めを妨げている心の問題を取り扱いました。
そのように本質的な事柄を取り扱った結果もあり、状況が劇的に改善されました。
魂のケアには時間と労力を要しますが、教会のスタッフをはじめ、メンバーたちが自主的に動いてくださっていることを感謝しています。
主の恵みを受け取り人生が変えられた人は、本当に神様を愛し、教会を愛します。そして、仕えたいという願いが生じ、忠実な働き人が再生産されていくのです。
■ 子ども英語クラブ
十五年間継続して行なわれている主要なアウトリーチとして、平日に市内三箇所で開催されている0歳から6歳ぐらいまでを対象にした、親子で参加するこども英語クラブがあります。
それは、英語プリスクール的なプログラムだけでなく御言葉と賛美、そして聖書物語ではなく聖書的な原則に基づいた赦しや従順などといった、生活に即したメッセージがスキットなどを通じてされています。
この働きを支えるのは、キッズ・スタッフと呼ばれる小学生のヘルパーたちです。
彼らは、小さな子供たちにとってよき良き兄として姉として仕えています。彼らの従順さと献身、そして小さな子どもに接するその態度は、参加者への大きな証となっております。
子供向けのプログラムの後に、子育てコーチングと呼ばれるティータイムで、聖書的な価値観に基づいた子育ての方法や人間関係の問題に対するヒントなどが、親に対して語られます。このプログラムは大変好評で、この時間を楽しみに参加される方もいるほどです。
■ 相手の益となることを願う
教会がさまざまな働きをする際に心がけていることは、相手に益を与え、手助けをすることです。
たとえば、子ども英語クラブは、それそのものが伝道のツールですが、それと同時に、早期英語教育を身近なものとし、経済格差の関係なしに全ての人に機会を与え、ビジョンと希望を与えるといった地域の祝福を目指しています。
また、子育てに悩んでいる親たちを助け、夫婦関係がよくなるよう手助けをします。そのことにより健康な家庭がつくられ、社会が変革されるからです。
■受け取り手にとっての祝福の音信
福音とは祝福の音信の省略形です。もちろん、究極的な祝福の知らせはキリストの十字架の死と復活、そして罪の赦しですが、実際にはなかなか人々の心に届きません。
それがどんなに良い知らせであっても、受け取り手がそれを益と感じられないからです。
多くの人にとって切実な願いは、生活にある悩みをどうするかです。
ですから、私達は自分たちが伝えたい事を発信するのではなく、受け取り手が自分に必要だと理解できるようなことから始めます。
子育てや夫婦の問題の根にある部分は、多くの場合、親自身が成長過程で受けた傷やトラウマなどです。ですから、家庭の問題解決という入口は、心を取り扱うことにつながり、遅かれ早かれ、それを解決できるのは神様だけであるという結論に達します。
その時には、それまでとっつきにくかった純粋な福音のメッセージが彼らにとって益と感じられるメッセージとなるのです。
■ コミュニティーの力
私は聖書学校でとりなしや預言などについて教えていますが、教会の運営は変に霊的になり過ぎないようにしています。
霊的世界を知ることは重要ですが、主の恵みがあふれる良い雰囲気の中で魂が取り扱われ、人生に変革が起こるように努めます。
そして、その新しく変えられた人が社会のあらゆる場所に遣わされ、そこで仕え、福音を伝え、社会に変革を与えていくのです。
■ マーケット・プレイスに仕える
二〇一〇年に出版したみかんの皮の工作本が十万部のベストセラーとなり、テレビで八〇回以上紹介されたこともあり、聖書的な価値観について公の場で講演する機会が与えられるようになりました。
このことは、既成の概念に囚われずに世にメッセージを伝えることに対しての励ましとなっております。
■ユーチューブ・ミニストリー
教会のメンバーは、さまざまな形で世と接点を持ち活動をしています。その中で際立っているものに、三年前に当時十七歳のユースが「みうらさみ」の名でユーチューブを通じて発信しているメッセージがあります。
総再生回数は六十万回以上ありますが、もっとも注目されているのは「死にたい人へ」というタイトルの映像です。
これは五分少々のメッセージですが、私達はみな罪人であること、一人子イエスキリストが身代わりに十字架にかかって死なれたことなど、福音を直球で投げる内容のメッセージです。
そのような話は、クリスチャンには良くても世の人がどれ程受け取れるものかと、疑問に思われるかもしれません。
しかし驚くことに、この三年間で十八万回以上のアクセスがあり、多くの人たちがキリストを心に受け入れ、救われております。そして、幾人もの人が教会に行き始めています。
福音のメッセージを緊急に必要としている人は、外には出て行けず、引きこもっているはずだと考え、どのようにしたらメッセージが届くだろうかと主に求め、この方法を思いつきました。
インターネットが持つ検索機能が受け取る準備ができている人たちのもとにメッセージを届けることを可能にしました。
世の人にはおろかに聞こえる福音の言葉であっても、絶望した人たちにとっては祝福の音信であり、神の力です。
その福音の愚かさを通じて、神は人を救いに導かれるのです。
書き込まれたコメントの数は、この映像だけで五千七百回以上もあり、「生きる希望を持ちました。」というような感謝の言葉はもちろん、「買ったロープを捨てました。」「手に持っていたナイフを落としました。」「親子で一緒に見たら和解が起こり、泣きながら抱き合って見ました。」などの驚くようなコメントが散在しております。
もちろん批判の書き込みも数多くありますが、その気持ちに共感し、やさしい言葉で応対するときに態度が変わり、素直になることも少なくありません。
このサイトは、単に自殺を思いとどまらせるメッセージの発信の場にとどまらず、ひとつのコミュニティーとして形成されております。ですから、批判のコメントに対して管理人が答えなくても、コミュニティーの住人が代わりに擁護したり、また絶望している人に慰めや励ましを与えたりもしています。
この働きに共鳴している人達の過去の書き込みをたどってみると、実はこのサイトで命が救われた人、キリストを信じて心に受け入れた人、教会に行き始めた人であることも少なくありません。
このように、まだクリスチャンとは言えない人も含めて、彼らは救いの喜びを他の人に伝えるために再生産された者たちなのです。
■結び
このようにして教会と世との垣根を下げ、家族を建て上げ、人々にとって祝福となり、再生産を意識し、救いと変革を体験した人を通じて、聖霊の力により働きが拡大していく教会でありたいと願っています。