終末論とは何か (24/11/11)
終末論とは読んで字のごとくこの世界の終わりはどのようになるのかについての聖書に基づいた推論です。
ですから、諸説があり、すべての人にとって一致した見解というものはありません。
こう語るとおそらく、事情通の方は、「そうですよね。再臨の時期をめぐって、患難前に携挙があるか、患難の半ばにあるか、7年の患難の後にあるのかについて意見が分かれてますよね。」と言われる方がいるかもしれません。
確かにそのような違いはありますが、それは、我々のような福音派、聖霊派的な教会が持っているおおよその共通見解の中での相違です。
世の中にはもっと様々な解釈があるのです。
我々のような教会が信じている終末論は大体次のような流れです。
1)戦争や地震が頻発する
2)7年間の患難期を通る
3)再臨がある(多くの場合携挙を伴う)
4)その後、キリストが王として治める千年王国が到来する。
5)すべての死者がよみがえり裁きを受ける
6)永遠の御国あ到来する。
そして、私たちの間で一般的に言われている相違とは、(2)の「7年間の患難期」のいつにキリストが再臨するのかについての見解の違いです。
しかし、この枠とは全く異なる終末論も存在します。
その代表的なものは「無千年王国説」です。
無千年王国説にも諸説がありますが、代表的なものは
技術革新や医療の発達、そして政治的努力によって、貧困の撲滅、病気の克服、世界平和の実現などといった形で、世界が良くなり、それが千年王国であるというものです。
そのような神学を聞くと、かけ離れすぎて私達とは関係ないと思われるかもしれませんが、ここにきて、ある人達が最先端と自負している神学とも少し親和性があります。
それは「キングダム・ナウ神学」と呼ばれるもので、クリスチャンたちが社会の様々な分野に配置されて、そこで、御国の価値観を伝え、社会を変革していくというものです。
彼らは黙示録に出てくる「7つの山」という言葉の意味を、社会のさまざまな分野を表していると解釈し、ています。
そういった人たちの中にはアメリカの福音派のトランプ支持者も多くいて、NAR(新使徒運動)の流れをくむ人たちに見られる共通見解でもあります。
もちろん、「キングダム・ナウ神学」は無千年王国説を信じていないので、全く異なります。彼らが信じていることは私たちが信じている流れの中にあります。
「社会の様々な分野に使わされて、そこで御国の価値観を伝える」というと、SCGが提唱しているライフプレイス・ミニストリーと似たようなものだと思われるかもしれません。
しかし、いくつかの大きな違いがあります。
私たちがしていることは、社会のトップになって一気に変革するというよりは、「ローマ帝国でクリスチャンが増えた理由」という記事にあるように草の根的なものだからです。
もう一つの理由は、・・・それを説明するのは難しいですが、一つ言えることは、彼らは「主の再臨までに聖書に書かれた事柄が成就する」と信じていることです。
これは、一見聖書的なようですが、いくつかの問題を含むことになります。
彼らが信じている、「主の再臨は近い」という考え方と「徐々に社会が変革されていく」という考え方は両立しないものです。
ですから、主の御業を焦るあまり、極端な解釈をしてしまうことがあるようです。
たとえば、現在のイスラエルの建国が聖書に書かれたイスラエルについての預言の成就だとするときに、どんなにイスラエルが悪いことをしてもそれを支持する傾向を持ってしまうのです。
黙示録に書かれた記述を読むときに、世の終わりにイスラエルが国家として再興しなければ成就しないというほどの事柄は書かれておりません。
ですから、私たちはバランスをもって理解していく必要があるのです。