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新改訳聖書の古い版はキリストの地位が聖書がいう地位に置いていない (25/05/15) 聖書翻訳には大きく分けて2種類あり、一つは意訳、もう一つは逐語訳です。 意訳の聖書は、本来の意図が伝わるように人間的な意図が入っているので、分かりやすい反面、原文に忠実に翻訳されていないものです。 私たちが日常的に触れる「新改訳、口語訳、共同訳 NIV NKJ NAS」などは全て逐語訳です。 翻訳者はできるだけ、忠実に翻訳されるように努めております。にもかかわらず、ある意図が入ることによって、違ったように翻訳してしまう場合があります。 代表的な例は古い版の新改訳聖書(1版〜3版)です。 そもそも、この新改訳聖書の第3版までの翻訳方針はには偏りがあります。 実際、聖書の前書きには編集方針として「イエスキリストの地位をあるべき場所に置く」と書いてあります。 これはどういう事でしょうか、言いたいことはキリストは神様なのだから、その様に読み取れるようにするという事です。 これは、一見正しいようですがそうではありません。つまり、原語ではそこまでの表現がされていないあいまいな部分でさえも、キリストが神であると分かるように翻訳しているということだからです。 代表的なのは聖書のこの個所です。 新しい翻訳 (新改訳2017) 5:20 また、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことも、知っています。私たちは真実な方のうちに、その御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。 古い翻訳 (新改訳第3版) 5:20 しかし、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。 ここで読み取っていただきたいのは「真実な方」とは誰かという事です。 その真実な方を知ることができるように神の御子が来てくださったことはどちらの翻訳でも同様です。 しかし、古い翻訳では、「すなわち」という原文には無い言葉を入れることによって、「真実な方 = 御子イエス」というように翻訳されております。 しかし、原文はそうではありません。 この個所は、キリストが神であると書かれた数少ない箇所なので、翻訳する方も力が入ったことでしょう。しかし、原文はそうではありません。 何度も言いますが、だからと言って私はキリストが神ではないと言っているわけではありません。 ただ、聖書の原文に忠実であるなら、そうなると言っているのです。
※ 最新の版は第4版で2027年版と呼ばれております。