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異言の祈りは自分の霊が祈ること 2025/5/30


異言の祈りは聖霊によって祈ることだと言われております。

しかし、正確に言うと、

「活性化された自分の霊が聖霊の手助けで祈ること」なのです。


実際、聖書には「私の霊が祈る」(1コリ14:14)と書かれてあります。


通常私達が知性で祈るときには「祈り始めるぞ」という意思によって祈り始めます。

私たちの人生は自分の霊であれ、聖霊によってであれ、霊によって突き動かされるものではなく、意思と知性によって制御されなければなりません。


では、聖霊が私たちを支配する事はないのかというとそういうわけでもありません。

私達が御霊の働きを許すなら、時にはダイナミックに動いてくださいます。


祈りにおける自分の意思、自分の霊、聖霊の比率

異言によって祈る上で、「自分の意思、自分の霊、聖霊」の三つ、これらがどれぐらいの比率で関係してくるかはその時々によって異なります。

祈りはじめは自分の意思が100%でしょう。

そして徐々に(聖霊によって活性化された)自分の霊の祈りは始まります。

そしてさらに祈るにしたがって、聖霊が働き始めます。

最終的には御霊に満たされ、地面を転げ回るかのような祈りになるかもしれません。


いずれにしても知っていただきたいことは、異言で祈ると言っても、聖霊だけの祈りではないという事です。