元記事

2020年03月27日
海外が注目する奇跡??パンデミックの只中で輝く日本力??
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●インフォデミックが国を滅ぼす
東京都知事が突如ロックダウンを口にし、週末の外出自粛要請をするなど国内で不安が増大し、食料品の買い占めなどでスーパーは行列となった。

イタリアやイランなど医療崩壊を起こした国では死亡者が激増し、あっという間に世界での感染者が50万人を突破。今やアメリカの感染者が85,500人を超え中国以上となった。ニューヨークは2001年の同時多発テロ以来の「震源地」と化している。
先進国の主だった大都市が封鎖されている中、東京は緩すぎるのではないかと批判する人々もいる。

だが日本は専門家会議が表明したように、感染爆発を起こさず「抑え込んでいる」状態である。PCR検査が保険適応になったとはいえ、日本は誰も彼もが不安になったら直ぐに検査を受けられる体制にはなっていない。

いくつもの検査をした結果「これはほぼ間違いなく怪しい」と認められる場合にPCR検査を実施する仕組みになっている。
つまり、極めて「黒に近い」人々を狙い撃ちしているというわけだ。
その結果、東京ではここ数日40人を超えたということである。
そして、この数字はどんどん増えていく。検査を続ければ増えるのは当然だ。
だが、現状では絶対に陽性っぽい!という人々を狙い撃ちして47名(3月27日)である。
さらに、ここが重要なのだが、陽性と確定した人の中に、PCR検査の精度上、必ず偽陽性者が何割か程度は発生する。つまり47名であっても、本当の陽性者はそれよりも少ないのだ。
現在、東京都の陽性率はだいたい11%だが、本当の陽性率はもっと低い。
これが多いのか?
感染爆発の脅威なのか?

狙い撃ちして11%なのだから、これは驚くほど低い。
いや、本当はもっといるのに、追えていないだけだ!
と言うかもしれない。
もちろん追えていない人はいるだろう。
しかし、それらの人々が急増していると考えるのは現状では正しくない。

もし追えてない患者がたくさんいて、罹患している人が爆発的に増えているとするなら、
原因不明の肺炎での死亡者数も増えなくてはならないが、そういうことは全く報告されていない。(岡部信彦(おかべ・のぶひこ)川崎市健康安全研究所所長
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東京オリンピックの延期が決定した途端に、それまでなりを潜めていた感のある小池都知事が突如躍り出てきて、力強いリーダーシップを発揮している才女よろしく「ロックダウン」をほのめかし「週末の外出自粛」を要請した。
それに合わせて、同じようになりを潜めていた国立国際医療研究センター病院の大曲貴夫・国際感染症センター長が会見して「重症者が無くなるまでの速度が早いのが危険なのだ!」と恐怖を煽る発言をした。(3月25日)
動画はこちら
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なぜこのタイミングなのか?
新型コロナで亡くなった方の症例として、重症状態から亡くなるまでが早すぎる!これはウイルス兵器じゃないのか!とブログで書いている医師もいたし、重症から亡くなるまでが早いというのは医者なら恐らく殆どの人が知っていたことで新しい情報じゃない。2月には既に知られていたことだ。にもかかわらず、まるで新く発見した重大事項であるかのように都知事の会見と合わせて発表されたことは、ロックダウンという用語とあいまって、都民の行動を抑制するには絶大な効果があった。

今頃言わずに、もっと早くに記者会見して、大々的に発表しておけがよかったではないか?学校が休校になったタイミングでなぜやらなかったのか?
その方がよほど、高齢者への配慮としての子供たちに休校の意味を印象付けられたはずだ。
タイミングの背後に、この日まで表に出られなかった力でも働いていたのかと勘ぐりたくなる。

生き返ったかのように元気に見える小池都知事が「感染爆発重大局面」と書かれたフリップをもって語る姿はパフォーマンスにしか見えないし、都民のことを考えて行動しているのか疑問に感じるのは僕だけではないだろう。
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現在、この国では法的根拠も損害についての保証もない無責任な自粛要請という権力の乱用が繰り返され、国民が自発的にそれをしないことが悪であるという「善意の強要」を生み出す最悪な空気を作り出されている。不安という、為政者にとって最も好都合な材料をばらまくことで、大衆心理は実にうまくコントロールされてしまっているのだ。

今この国で何が起こっているのだろう?
一言で言えば、今の国内の状況は、メディア報道などによってもたらされたインフォデミック(不確かな情報の広範囲にわたる拡散、それに伴う社会の混乱)による不安増大であって、その被害はウイルス以上に甚大である。
我々は、根拠のない権力に振り回されることなく、群集心理の奴隷となることなく、正しく情報を分析して落ち着いた行動をとるべきだ。

●なぜこんなに騒ぐのか!現状を疑え!!!
言っておくが、僕は個人的には外出自粛要請がもたらす状態が必ずしも嫌ではない。
人混みがないし、酒がはいったどんちゃん騒ぎもない。さらには都心に溢れる中国語もない。
ホッと一息できるという気持ちもあるし、中国や韓国に依存しすぎの観光業はこれを機会に見直すべきだとも思っている。そういう意味ではよい機会だと・・・。

しかし、今回のパンデミックで不安に支配され、国民がこぞって外出を自粛し、人との接触をなくし、経済活動を停滞させることこそが、国を救うことで人類の幸せにつながると信じている人々は、頭に来るかもしれないがよくよく理解してほしい。
これこそ思考停止も甚だしい。
インフォデミックの犠牲者だ。
その理由を言おう。

現在、(3月27日)、新型コロナウイルスによる日本の致死率は4.5%前後である。
これは100人罹患したら確実に4人は亡くなるという数だから、高めに感じる。
お隣の韓国は1.1%と低い。中国は4.0%だ。
(東京新聞WEB版参考)

え!日本も中国と同じなの?!!

と勘違いしてはいけない。
日本の致死率が高く出ているのは検査している人数が少ないからだ。
分母が大きくなれば致死率はどんどん下がる。
ドイツの致死率は非常に低く0.3%だが、日本の医療体制はドイツにひけを取らないほど優秀なので、ドイツと同じだけの数の検査をすれば、ドイツに迫るほどの低い致死率に帰結するだろう。

その座標として重要なのは、ダイヤモンド・プリンセスのデータだ。
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日本の感染者数と致死者数にはクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗員・乗客が含まれていない。ダイヤモンド・プリンセス号の感染者数は672人だ。
その中で死亡したのは7人。人々は外国籍であってももれなく”全員日本国内の医療機関”で治療を受けた。その中での致死率は1.04%である。
日本の医療体制は、コロナウイルスでの死亡者を相当低く抑えることができる。これは分母が672だが、検査数が増えれば、ますます致死率は低くなり、ドイツに迫るほどになるかもしれないというのは嘘ではないのだ。
間違いなく1%を切る。
これはほとんどの専門家の見解でもある。
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なぜ、この程度の致死率のウイルスがこんな大騒動になるのか!

なんだって?
この程度だと?よくもそんなことを無責任に!

と思うだろうか?
これは僕が思いつきで言っているのではなく専門家の意見でもある。
加藤茂孝・元国立感染症研究所室長の言葉をよく読んでほしい。

これまで発見されていたコロナ・ウイルスによる感染症であるSARS(重症急性呼吸器症候群)の9.6%やMERS(中東呼吸器症候群)の約35%と比べ低く、人類の歴史上とりたてて危険な感染症とは思わない。
インタビュー記事を参照
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そうなのだ!!
あれだけ騒がれたSARSやMERSに比べて、新型コロナウイルスは圧倒的に致死率が低い。
ここが大事なのだが、MERSに関して言えば、今も健在だ!
2015年にはお隣韓国でも感染が広がった。
だが今のような国内の騒動は全くなかった。
最近では(2019年12月1日から2020年1月31日までの2ヶ月間)で、サウジアラビアで19人が感染し、なんと8人が死亡している。
感染者の半分が死んでいる!

え?そうなの??
そうなのだ!

実はMERSは、今も毎年流行している恐ろしいウイルスなのである。
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それなのに、誰も騒がない。
未だ、ワクチンも治療法もないし、新型コロナよりも何倍も怖いのだぞ!
感染したら死亡リスクは何倍も高い。
今だって厚生労働省のホームページにしっかりとこう書かれている。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers.html

中東呼吸器症候群(MERS)は、平成24年9月以降、サウジアラビアやアラブ首長国連邦など中東地域で広く発生している重症呼吸器感染症です。また、その地域を旅行などで訪問した人が、帰国してから発症するケースも多数報告されています。元々基礎疾患のある人や高齢者で重症化しやすい傾向があります。

治療法は「対処療法」のみである。
つまり有効な治療方法はないということだ。

僕もHEAVENESEの一座と共に2014には中東のイスラエルに行ったし、2019年にはドバイに行った。しかし誰一人MERSに感染することを恐れていなかったし、現地で発熱した者もいたが、MERSだったらどうしようと思った者もいなかったし、帰国した我々に対して「感染症を持ち込んだかもしれない」と疑いの目で見るものもいなかった。

未だに封じ込めに成功していないMERSコロナウイルスが、いまや、どこで発症しようが誰も関心を示さない。
何故ならば、メディアが取り上げないからだ。
だから、実際には脅威は無くなっていないのに、誰も恐怖心に慄くこともなく、自粛も買い占めもしない。まるで存在していないかのように普通に生活している。

これこそが、インフォデミックの現実なのだ。
垂れ流される情報が正しいなどと信じてはならないし、翻弄されてはならない。
阪神の藤浪投手が陽性だったことで、突如「味覚や臭覚障害」が新型コロナの特徴であるかのごとくに報道され始めた。
だが、耳鼻科の専門医は「嗅覚障害や味覚障害は、ウィルス感染後に起こりうることであって、新型コロナ特有ではあない!」とはっきり断言している。

つまり普通のインフルエンザでも、いたるところで起こっていることで、味が分からなくなったという訴えで即PCR検査にはならないのが現状である。
普通にごろごろしている症例だからだ。

MERSウイルスは、今現在も脅威なのに、報道されないから誰も恐れない。
しかし新型コロナは報道が過熱なのでことさらに心配する。 新型コロナウイルスの脅威は、実際よりも大きく見積もられてしまっている。
それは恐怖が生み出した妖怪のようなものだ。
この点について加藤茂孝・元国立感染症研究所室長はこう言っている。

目に見えない感染者の存在が人々の不安感を増している。加えて、人々がSNSやマスメディアの時には科学的根拠のないインフォデミック(情報感染症)にさらされていることも不安感を高めた理由だ。こうした要素が加わり、致死率だけでは説明できない心理的パニックをCOVID-19が引き起こしている。

だから新型コロナウイルスは、本当はこんなに騒ぐ必要がないものである。
これについては、医者たちが異口同音に言っている。
もちろん、だからと言って公衆衛生の観点から対策が無用だなどということを言っているのではない。未知なるウイルスとは言え、すでにかなりその全容があきらかになりつつある。
ドイツのように、爆発的感染源の一つヨーロッパの中心にいる国であっても医療体制がしっかりとしているなら、前述したように死亡率が極めて低い。

つまり、本来このウイルスは、医療体制がしっかりと機能している場合はにおける医療先進国では、今のように戦々恐々としなければならないような類のものではないということだ。
日本の医療水準は幸いにして非常に高い。
我々は、この国で生活していることを感謝しようではないか。
今の医療の状態を維持できれば、日本がイタリアやスペインのような状態になることは、殆ど考えられない。

しかし、誰も彼も陽性患者をどんどん入院させてしまうと、本当に必要な人の治療ができなくなる。それが医療崩壊につながる。
日本は、この医療崩壊を起こしてはいけない。
だが日本では恐らく医療崩壊は起こらないだろう。
これについては、データに基づいた真野俊樹氏の記事を参照されたし。
真野俊樹氏の記事

 

●暗闇に輝く日本力!
世界中で感染者と死者が増える中、日本では爆発的感染が起きていない。
これはなぜなのかと海外も注目を始めている。

医療体制の違いという問題とは別に、決定的な違いとして我々が認識するべきなのはライフスタイルの違いである。
日本で感染拡大を防いでいる決定的な要因は、今まで日本人が当たり前にしてきている習慣だ。これについては、海外経験のある人々なら誰もが認めるところだろう。

日本は世界一の衛生大国だと言える。
日本人は世界一清潔なのだ。
手を洗う習慣は日本人には馴染みがあるものだ。
学校でも手洗いを教わる。

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しかし海外はそうではない。
先進国と言われる国々であっても不衛生だ。
レストランでおしぼりが出てくるのは、世界広しと言えども日本くらいなものだ。
我々夫婦も海外での生活があるわけだが、健康フリークのカリフォルニアなどでは、ショッピングセンターのカート置き場に、ウエットティッシュが備え付けられているという場合がある。
誰が触ったからわからないから消毒しましょう、ということなわけだが、アメリカの場合黒人の後に触りたくないなどという人種差別も根深い。
そういう所を気にするわりに、食べる前にナプキンやおしぼりは出てこない。
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しかも、ご存知の通り家の中も土足で入る。
どこを歩いてきたか分からない靴のまま、足をソファにどっかとのせる。
そこに子供が寝転がる。
ふかふかの絨毯が敷かれた床の上に座ったりするのも普通のこと・・しかしそこは外と同じほど汚い。
日本人のようにお風呂に入る習慣もないから、烏の行水、短いシャワーだ。

僕の姉はドイツに住んでいる。
夫はドイツ人だ。
夫が豪華客船のキャプテンなので、世界中を旅している。
彼女も今回のコロナ騒動で開口一番「こっちは日本人みたいにきれいにしないから、感染がひろがるのよ」と普通に言う。

イタリアの爆発的感染は、ハグや口付けの文化が背景にあることは、すでに周知のことだが、それに加えて日本人のように手を洗う習慣もなければ、風呂に入って体を綺麗に洗うということもないというのも決定的な要因だとろう。そもそもバスタブもない。

僕もイタリアに行ったことがある。
とてもお洒落なレストランのトイレが、信じられないほど汚なくて絶句した。
便器はひっかけられたオシッコで水浸しだ。女性はどうやってするのか・・
ニューヨークでも、汚いことといったら、想像を絶するものだった。
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従業員も使うトイレがこれほど汚くて、おまけに、まめに手を洗う習慣がないのだとしたら、感染症をもらう確率は、普通に日本人よりも何倍もある。
従業員に対して「手を洗いましょう」と張り紙がしてある場合もある。
それはつまり、手を洗わないということだ。
だからサブウェイなど、見えるキッチンで作業をしている店ではビニール手袋をする。
しかし、もともと寿司文化だ。
手を洗うというのが「当たり前」な前提になっている。

フランス人も汚い。これはフランス暮らしを経験した人ならみんな知ってることだろう。
パンはテーブルの上に普通においてしまう。テーブルがお皿なのだ。
そこそこ汚いテーブルでもへっちゃらだ。
姉も夫の別荘が南フランスにあるから毎年行っているが「フランス人は汚い」というのは我々の共通認識だ。
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世界のどこにいっても(今のところ、アメリカ、イスラエル、エチオピア、エリトリア、ドバイ・台湾、ドイツ、フランス、ブラジル、チリ、パラグアイ、イギリス、イタリア)にしか行ったことがないが、日本のように水回りの環境がよい国にお目にかかったことはない。

シャワーをひねっても、お湯は出ないし、出てもすぐ冷たくなるし、水圧は弱いし、流れも悪い。そもそも水道水が飲める国の方が少ない。
つまり、水道水そのものが感染症の媒介となる危険なものなのだ。
そんな水でシャワーを浴びる・・きれいになった気がしない。

我々がエチオピアに行ったときは、歯磨きさえ水道水でしないように同行したドクターから指示を受けた。
世界が普通で日本が異常なのか、日本が普通で世界が汚いのか・・・
一つ言えることは、日本はとにかく衛生的な国であるということだ。
この国で当たり前にしている習慣は、世界の常識ではない。

さらに言えば、日本人はマスクが大好きだ。
日頃からマスクをしている人が多い。
外国の旅行者は「なんで日本人はマスクしているのか?重病でもないのに」と不思議がる。
最近はマスク女子たちが、マスクをした方が美人に見えるという理由で、普通にファッションとしてマスクをしている。
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マスクは感染症が流行る前から日本文化の一部と化している。
アメリカなどを見ればわかるが、これだけ感染者が爆発的に増えても、マスクをしている人はいない。彼らの文化ではないのだ。そもそも売ってない。

日本人が江戸時代から受け継いでいる「おしぼり」文化や、風呂にはいって清潔にする習慣が、日本での感染症爆発を抑え込んでいる最大の要因の一つである。
これに海外は気付き始めているのだ。

●過剰に反応しないで、なすべきことをすればよい
世界中がパニックしているとき、日本もそれにつられて同じような対応をする必要はない。
世界が汚いのだ!
これは本当なのだから仕方がない。
日本人はすでに、当然の配慮として感染させる予防をし、節度ある行動をとっている。
毎年流行るインフルエンザへの対応で、感染させないために、陽性と診断されれば「〇〇日まで自宅待機」というの普通のことだし、人に移さないためにマスクをするのも文化である。
この普通のことが世界にはない。

アメリカでは毎年インフルエンザで日本の3倍も死亡者がでる。
日本は、マスクも含めた清潔文化と、移さないようにという思いやり文化のおかげで、感染者の絶対数が少ないのだ。
だから、我々はすでに普通にやっている。
世界がパニックを起こしているからと言って、 これ以上過剰に世界に合わせる必要はない。

インフォデミックの犠牲者とならず、恐怖の奴隷とならず、医療崩壊を起こさない限り、特別に脅威となることはないウイルスを過剰に恐れず、正しく対応し、 世界に日本の生活習慣の素晴らしさを発信する機会としたいものだ。

 


END