それは、中国の武漢から世界に広まったとされる新型コロナウイルス「2019-nCoV」の系統樹だった。各国の感染者から得たコロナウイルスの身元(遺伝子)を整理し、それぞれの関係を描いた円形の「家系図」だった。
こういう円形の系統図は生物の進化図ではよく見るが、新型コロナウイルスの膨大な情報がこれほどきれいに整理されているとは驚きだった。
この家系図の左には、「Japan Cruise Ship」(日本のクルーズ船)のコロナウイルスも記載されていた。
根路銘さんが教えてくれたGISAIDの新型コロナウイルスの系統樹を日本語化した。このウイルスが多様な変異をとげながら世界へと伝播していったことが実感できる(日本語化:山根一眞) 拡大画像表示
山根 この進化系統樹、どこが作ったものですか?
根路銘 GISAIDです。GISAIDは、2006年8月、当時猛威をふるっていた鳥インフルエンザの対策に取り組んでいた世界の医療関係者が設立した組織で、正式名称は「鳥インフルエンザに関する情報共有の国際推進機構」です(GISAIDは、Global lInitiative on Sharing All Influenza Dataの略)。
ウイルスの猛威に対抗するためには、世界の研究者が最新のウイルス情報を抱え込むことなく、共有し自由にアクセスすることが大事だ、という趣旨で発足した組織です。そして2007年3月、スイスのバイオインフォマティックス研究所(Swiss Institute of Bioinformatics、SIB)がGISAIDと合意のうえでデータベース構築を開始しました。
この系統樹は、そのGISAIDで公開されているものなんです。
ワクチンの開発も、こういう情報共有があってこそ可能です。
もっともこの情報が違法行為に使われないためなど、データベースの利用には厳しい約束事がありますが、IDの交付を受けた専門家であれば自由に閲覧、利用ができます。
GISAIDのデータは、新型コロナウイルスに関して最新の、そして最も信頼できるものだった。
とすれば、ダイヤモンド・プリンセス号で感染を拡げた新型コロナウイルスの由来もわかるかもしれない。根路銘さんを訪ねた初日の夜、私は投宿先のホテルでこの系統樹とクルーズの日程を照らし合わせる作業を試みた。
ダイヤモンド・プリンセス号は、日本の三菱重工長崎造船所が建造した過去最大のクルーズ船で総トン数は11万5875トン。日本の最大級の護衛艦(いずも型)の6倍近い巨大船だ。
船籍は英国、運営は米国で、今回のクルーズ「初春の東南アジア大航海」の費用は最安で25万円と通常の海外旅行パッケージ料金なみだった。客 室、食事、ショーなどすべて含めて1日1万6000円で楽しめることもあって人気を集めたのだろう。この船にかぎらず大型クルーズ船の旅が身近な 時代を迎えているだけに、今回の事態は今後のクルーズ船にありように多くの教訓をもたらしたと思う。
横浜・大黒埠頭に接岸し大半のクルーズ客が約2週間下船できなかったダイヤモンド・プリンセス号
ダイヤモンド・プリンセス号は英国船籍でP&O社保有のクルーズ船。運航はプリンセス・クルーズ社(本社・米サンタクララ市)が担い日本発着のクルーズを開始して6年になる
今回のクルーズは、1月20日に横浜を出発し2月4日に横浜へ戻る16日間だった。
寄港地は少なく、鹿児島、香港、チャンメイ、カイラン(いずれもベトナム)、基隆(台湾)、那覇の6ヵ所のみ。
ダイヤモンド・プリンセス号の「初春の東南アジア大航海」のルート。同クルーズの募集資料をもとに作成した(作図:山根一眞)
そこで、それぞれの寄港地では、いつ新型コロナウイルス肺炎が発生していたかなどを調べて付き合わせてみたが、乗客が寄港地で観光のため下船し、市中で感染したとは断定しにくい印象だった。