7日目:終末に備えるクリスチャン
これまで、サタンの代理人の仕業をみてきましたが、私達クリスチャンはどうするべきなのでしょうか?
基本的な部分は何も変わりません。
ムーディーが語りマルチンルーサーキングが引用したといわれる言葉、
「たとえ明日世界が滅びようとも私は今日リンゴの木を植える」という言葉を思い起こします。
それは、創世記8章22節が言うところの「 この地が続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜がやむことはない。」」という言葉とも一致します。
基本的な部分が変わらないといっても、今までのままでよいというわけではありません。
まず第一に祈りです。
第1ペテロ4章7節に 「万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。」という言葉にある通りです。
8節には熱心に愛し合うこと、
9節には不平を言わず、もてなし合うこと。
10節には互いに仕えあうことについて書いてあります。
11節には与えられた召しを全うすること。
それらはすべて神の栄光の為なのです。
私たちは「裁きが神の家から始まる」という言葉を心に留めておく必要があります。
何よりも、私たちが信じている最も基本的なことである、十字架を背負う生き方です。
(マタイ16:24)
命を惜しまない生き方こそ今の時間に求められていることです。
ローマ帝国でどのようにして福音が広がったのでしょうか?
「キリスト教はなぜ大きくなったか」という記事にあるように疫病がはびこる中にあっても、愛を示し、病人の世話をし、死者の尊厳を尊び死者を葬りました。
彼らの行為は単に世の光となっただけでなく、疫病のらかん率と死亡率を劇的な変えました。
ルカによる福音書21章36節「 しかし、あなたがたは、必ず起こるこれらすべてのことから逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈っていなさい。」
この言葉にあるように究極的に言うなら私たちのゴールはどのようなものとしてキリストの前に立つのかなのです。
この御言葉をギリシャ語的な配列でいうならこのようになります。
気を付けなさい、そしてすべてのカイロスにおいて懇願しなさい。これらのことから逃れることができるように。また、人の子の前に立つことができるように。
私自身も、この記事を自分の最後の言葉であるかのように書いています。
SIHOPの記事を書き始めたのは2008年にG8洞爺湖サミットが開催される1年前からです。おそらく全部で千本ちかくの記事がホームぺージにあります。
これらはブログではないしfacebookではありません。多くの人に拡散するために書いた記事ではありません。ごく少数の人たち、とりなしの祈りを通じて出会った私の友人たちの為に書いております。
そこで、私が努めたのは、将来起こるどのような事柄に対しても推論し判断できるような人を育てることです。
書かれた記事はすべての分野をカバーしているわけではありません。また、今後未知の問題が起こるでしょう。しかし、ここで学んだ知識と応用の知恵を用いるなら、数多くの事柄に対しての理解が与えられることでしょう。
主の祝福が皆さん一人一人の上にありますように。