日本が死につつあることを意識することは日本に与えられた約束を宣言すること。(11/11/10)
以前「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定」という記事を書きましたが、その後、あまり触れておりません。
SIHOPのメーリングリストのメンバーは細かいことはわからなくても全体の流れとして、これがどのような性質のものかを理解していると思いますので、それ以上書いてきていませんでしたが、かなり大詰めを迎えているようなので追加として少し書かせていただきます。
大きな問題は、TPPを輸出入の問題だけだと多くの人が思っています。
しかし実際にはこれは、医療、保険、雇用システムなど、あらゆる分野における法整備のグローバル化なのです。
輸出入の関税だけを取り上げて日本に益がある、無いと論議するのは、全体像から国民の目をそらすためのものに思えてなりません。
とはいえ、最終的には日本はこれを受け入れざるを得なくなるでしょう。
このことに限りませんが、これら一連の流れを拒むことは、戦争を起こす並みの大きな決断が必要だからです。
太平洋戦争から66年たって、その開戦のおろかさを論じるのは簡単ですが、今回、日本に突きつけられている要求とは、先の大戦の直接的なきっかけになったといわれている「ハルノート」と呼ばれる諸外国からの対日要求にも匹敵することなのです。
これは日本に与えられている言葉です。
メキシコに行った際に友人がこう聞きました。「大震災からの復興にはどれぐらい時間がかかるのか?」
私は答えました。「もう以前のように再興することは無いだろう。」
私は悲観主義者なのでしょうか。
第2コリント4章10節に「イエスの命が私たちを通じて明らかにされる」為に「キリストの死を身に帯びる」という表現があります。
同様の言葉を用いさせていただくなら、「日の昇る国に与えられた神の計画」が表されるために「日本の死を意識し身に帯びる」必要があるのです。
「日の昇る国」に与えられた約束の成就は「肉を切らせて骨を断つ」ほどの肉迫戦なのでしょう。
もし、今、私たちにできることがあるなら、それは、終末に向かってまっしぐらに突き進んでいるこの世に対してなすべきことを果たしていくことなのです。