3年の軌跡・コロンブスからコロンバス、そしてコロンビアへ
「とりなし」という言葉の原語である「PAGA」には「偶然にたどり着く」という意味が含まれています。
人の目には偶然に過ぎないことが神の目にとっては必然であったのを見ることがクリスチャン生活の醍醐味です。
私たちは「とりなし」を召しだと感じていますが、頻繁にあちこちに出かけるわけにはいかず、ましてや海外とりなしツアーに行くことはまれです。
海外に関してはほとんどすべての旅行の当初の目的はとりなしの祈りではなく、別の用事の為に行くのであり、そのついでにとりなしの計画を立てることになります。しかし、その数少ない旅行の2つが3年の月日を隔ててつながっていることに気がつかされることは私たちにとっての大きな励ましです。
私たちは「スペイン・レポート」で報告したように3年前にコロンブスの出航の地であるウエルバに行きました。ここが現在に続くグローバリズムの出発点であったからです。
そのウエルバと今回最後に訪れたワシントンDCが「コロンブス」という線ででつながっており、始まりであり終わりであることは驚きです。
もともとの目的は妻のオハイオ州コロンバスでの講演でしたが、そこにみかんの皮アートのテレビ取材、Athens訪問、ワシントンDCでのとりなし旅行が加わりました。その他のレポートも興味深い話なので興味のある方は私の教会で語った「アメリカレポート(MP3音声)」をお聞きください。
※ Athensは私と妻が出会った町です。
最初に私たちが訪れた街はネブラスカ州オマハです。
とりなし手である友人のアレンジで「みかんの皮アート」の取材の為にここを訪れたのですが、彼との交わりの会話の端々からアメリカが本当に緊急事態の危険な状態にあることを感じさせられました。
その思いをさらに増幅させたのは、その後訪れたコロンバスの平和な空気との間に大きなコントラストを感じたからです。
コロンバスでは5泊の間に3つの家庭にホームステイしました。アメリカで交わったクリスチャンたちはだれもが信仰に篤く親切で正義感と使命感に満ちた立派な方々ばかりです。私たちを招待した団体は留学生伝道にターゲットを絞った伝道マインドを持った方々です。そして、少しづつその働きも拡大しており大きな実を結んでいます。
それを聞いて私たちは驚きました。アメリカではコロンブスがある程度偉人であることは知っていましたが、ここに来て知ったことは想像していた以上だったからです。彼についての歴史上の評価を一言で言うなら「スペインとりなしツアー」でも書いたように悪人だからです。
その方は何も知らないようだったので、私は「F・・R・・B(連那準備制度)は民間銀行ですよ」と教えてあげました。すると彼は「そんなはずはない。それは政府の銀行だ。」と主張するのです。
まあ、通貨を発行している中央銀行が政府のものではないというのは信じれないし信じたくないことですので、その反応は予想通りですが実際にそのような場面に出くわすと、やはり驚きは隠せません。
そうこうするうちに彼の妻が早速インターネットで調べて、その結果をプリントアウトして持って来ました。そこには「F・・R・・Bは民間銀行であって政府の機関ではない」とはっきり書いていました。彼が大いに驚いた理由はそのサイトはご丁寧に「その所有者が誰か明らかにされていない」と短い説明でしたが闇の部分についても書いてあったからです。
さらに悪い事実は、政府が通貨を発行しているのなら、国が赤字で破綻したらその赤字も貸し倒れとなりますが、民間が貸し付けているのであるなら、国家が破綻しても借金はそのまま残るからです。
つまり金貸しにとってはアメリカが破綻しようがどうかは究極的に言うならお構いなしなのです。
利益を上げることが目的であるなら、アメリカが延命してくれたほうがよいでしょうが、「借りる者は貸す者のしもべとなる。(箴言22:7) 」という言葉にあるように、目的がその国を奴隷化しコントロールすることであるなら、むしろ破綻したほうが都合がよいのです。
はっきりって、これが今日の社会のあらゆる問題の源泉です。
なぜならサタンの目的は、ただこの世を悪くすることではなく、黙示録13章に書かれたような統一政府によって「全人類を奴隷化」することにあるからです。