アメリカの歴史年表 (12/06/12)

ここに書かれたことを把握すれば、ある意味アメリカ人よりアメリカの歴史を知ることになるので学びがいがあると思います。

本質を一言で言うなら、国際金融組織とアメリカが通貨発行権を奪い合った歴史です。 

わかりやすいように、束縛をもたらした出来事を(↓)、自由をもたらした出来事を(↑)という記号で表現しています。


アメリカ入植開始当時から外国通貨あるいはタバコや鹿革などの代用通貨が用いられていた。次第に州が独自で「殖民券」という形で通貨を発行するようになる。

1764年 英国議会で「通貨法」を決議。アメリカ植民地の各州による独自紙幣の発行を禁止。(流通禁止ではない)

1773年 独自紙幣の流通の禁止 6節(表向きはボストン茶会事件などといった課税への抵抗とされているが、その本質である通貨発行権についてはアメリカの歴史から抹殺されている。

1775年 アメリカ独立戦争

1776年 アメリカ独立

資金を持たないアメリカは政府紙幣を発行し戦費を捻出 ↑

それに対抗して、国際金融組織はインフレを誘発。政府紙幣の価値が暴落。↓

1776年 イルミナティ設立

1787年 通貨の発行権は議会にあると合衆国憲法に明記 ↑

1789年 フランス革命

1795年 第一アメリカ合衆国銀行行(アメリカの最初の中央銀行)を設立↓

政府の貨幣財産と税収を中央銀行に預け、中央銀行は経済の発展の需要に応じて国家の通貨を発行し、アメリカ政府に融資を行い、同時に金利を徴収した。 資本総額1000万ドル、5分の1は連邦政府の出資、他は一般からの公募そのうち700万ドルをイングランド銀行やロス・チャイルドが名を連ねた。

1811年 米国第一銀行が停止 ↑
第3代大統領トーマス・ジェファーソン(Xーソン)と第4代大統領ジェームズ・マディソンの成果による 

米国第3代大統領トーマス・ジェファーソンの言葉「通貨発行の権利は銀行家達の手から取り上げて、元来所属すべき人民の手に戻すべきである。」

米国第4代大統領ジェームズ・マディソンの言葉「歴史は記録しているのです。 通貨を発行し金融を支配する事で 政府をコントロールし続けるために 両替商達はあらゆる形態の悪用、策略、騙しや暴力を使ってきたのでした。」

1812年 英米戦争が勃発 ↓(利権を失いたくないイギリスがアメリカへの干渉を強めたため)

アメリカは資金繰りに困り政府紙幣を発行 ↑

後にインフレ↓

政府が紙幣を発行しすぎたからと言われているが実際には国際金融組織の工作活動による

1815年 ワーテル口ーの戦い 口スチャイルドが英国の半分を所有するといわれるほどの財閥となる。↓

1816年 口スチャイルドの資金力をバックに米国第2銀行を法制化。↓ 
ジェームズ・マディソンは同意せざるを得なかった 

1833年 米国第2銀行に反対するアンドリュー・ジャクソン暗殺未遂

アンドリュー・ジャクソンの有名な言葉 「銀行が俺を殺そうというのなら、俺が銀行を殺してやる。」

1836年 第二アメリカ合衆国銀行閉鎖 ↑
憲法に基づき政府発行の通貨を使い政府の借金を全額返済に成功。これはアメリカ史上で最初で最後の出来事。

これによって、再び国際金融組織の呪縛から開放される。

アンドリュー・ジャクソンの有名な言葉「我が国のお金と金融制度、銀行制度における、はなはだしき不正を、 アメリカ国民が理解するや、一晩のうちに革命が起こるであろう。」

1937年 アメリカ経済の恐慌↓ (報復として国際銀行家による締め付けによる)

1848年サンフランシスコで巨大な金鉱が発見。↑

良質な貨幣が大量に発行され、市場が活況を取り戻し、銀行が大規模な貸し付けを開始。鉄道建設が急速に進んだ。

1861年頃から 南部と北部の州において対立が生まれる ↓

(表の歴史はこのように説明しているが)

しかし、それは表面的なことに過ぎない。事実は、アメリカの通貨発行券を握るために国際金融組織が南北に分断を起こさせ、両方に戦費を貸し付けることが原因である。

これは、中世以降ヨーロッパで行われていた、双方に軍事費を貸し付けて儲けること以上の悪徳です。なぜなら、アメリカの通貨発行券を握ろうとする工作活動だからです。

これによってリンカーンは戦費調達のために私有の発券銀行(中央銀行)の創設に同意せざるをえないような窮状へと追い込まれた。

1862年 リンカーンは金貸しによらず政府が通貨を発行することによって戦費をまかなう 政府「グリーンバック」と呼ばれる無利子の紙幣を発行し、これによって政府財政を賄った

彼は1862年と63年の2年間で450億ドルの新紙幣を発行します。他の紙幣と区別する為に、紙幣の裏側に緑のインクを使ったのでグリーンバックと呼ばれています。彼はこの利息なしのお金を使って、南北戦争に勝利したのです。彼のこの発言を見る限り、南北戦争以前は通貨の仕組みを理解していなかったようです。


1865年 リンカーン暗殺 ↓ 

1881年 第20代大統領ジェームズ・ガーフィールドは中央銀行に反対した直後暗殺(6ヶ月の短い任期でした)↓

1910年 秘密の会合がジョージア州のジェキル島で開かれ 連那準備銀行設立について話し合われました。

1913年 連那準備銀行設立 ↓
通貨発行に関する独占的地位が与えられる。

任期中ですが1919年大統領ウッドロー・ウイルソンは1913年のサインを後悔して、「私は最も不幸な人間だ。私はうっかりして この国を駄目にしてしまった。この偉大な産業国家は今金融制度に支配されてしまった。」という言葉を残す。

1963年 ジョン・F・ケネディーは 連邦銀行の持つ力をそぎ取る目的の大統領行政命令11110号にサイン ↑

1963年 ケネディー暗殺 ↓


国際金融組織が通貨発行権を奪い返すために用いた手法は次のとおりです。 

(1)暗殺 (2)恐慌を引き起こす(国際金融組織が資金を引き上げるなどといった手法による) (3)内戦、戦争を画策 (4)議員の買収