(7)神のエクレシアと使徒

教会と訳されているエクレシアという言葉が聖書で初めて登場するのはマタイ16章18節ですが、この言葉はイエスがはじめて使ったのではありません。

エクレシアのギリシャ語の意味は「呼び集められた者」です。MPMについて深く理解するために今回はエクレシアの意味を見ていきましょう。


以下、青字の部分は今年6月に札幌に来られた韓国人のユンデチョル牧師の教えを解釈したものです。

ローマ帝国は多くの植民地を持っておりました。そこの住民は一定の義務を果たし、制限を受け入れることによってある程度の自由が与えられていました。

ですからそれらの国々は、その地の言語、習慣を保ちながら生活しいていたのですが、ローマ帝国としては支配を効果的にするためにローマ化したいと思っているのです。

それでその地をローマ化するためにブレーンを招集し1つのグループを形成させ、その地に遣わしました。それがエクレシアなのです。(注:エクレシアWikipediaより

この集団は各分野の専門家で成り立っていました。言語、文化、文学、風俗、政治、経済、食物などといった各分野のエキスパートで形成されているのです。

使徒を意味する「アポストロス」は、アポステロー(遣わす、派遣する)から来た語で、「遣わされた者,代理人、大使」を意味する。当時の社会ではこの語は,王の命令や布告を王の代理・大使として、権威をもって諸民諸族に伝達するために立てられた使者を意味していた。

すなわち、その地をローマ化するために遣わされるエクレシアを指揮するために皇帝から直接任命されたのがアポストロス(使徒)なのです。


この教えを理解するなら、神の教会(エクレシア)と使徒の役割がわかり、神がこの地上で何をなさろうとしているのかがよくわかることと思います。

イエスの宣教のはじめの宣言は「神の国が近づいた」(マタイ4章17節、マルコ1章15節)でした。そう、ローマ帝国がエクレシアを遣わして異教の地をローマ化したように神は神のエクレシアをこの地に遣わし神の国化しようとしているのです。

神の国とは、神の支配する地、神の価値観で満たされた場所です。われわれ教会がこの地に遣わされていると言うのは神の国の支配と価値観でこの地で満たすためなのです。

そして主を知る知識、神の栄光が、「海を水が満たすように」(ハバクク2章14節)この地を満たすのです。

ですから、そのために、使徒に召集されたブレーンとしてのエクレシアが必要なのです。


使徒という言葉

使徒というと何か大きな話のように聞こえますが、今言っているのはそうではありません。

この地を福音化し、神の国の価値観でこの世を感化するためにあるミッションを受けた集団をエクレシアと呼び、そのリーダーが使徒であるなら、それはごく小さな対象からはじめることができるのです。

ですから、ある人は町内会、学校、自分の勤めている会社、いやもっと小さな単位で言うなら父親であるなら自分の家庭の使徒となることができるのです。

ある場所を神の国の価値観で満たすために、神から直接戦略を聞き、ブレーンを招集しそこを変えていくことができるのです。

なぜなら神はエクレシアに大きな権威を授けたからです。マタイ16章18節〜19節の言葉を思い起こしてみてください。この目的を伴ったエクレシアに天の御国の鍵を与え、霊的につなぎ解く権威を与えられたからです。

そして、マーケット・プレイス・ミニストリーに必要なのは使徒をはじめ五役者の概念を作り変える必要があります。


デボーション

1)あなたにとってのエクレシアはどこでしょうか。(これは自分が所属している教会そのものという意味ではなく、その教会内のひとつの働きであったり、教会外のMPMのことです)

2)あなたは(上記の広い意味での)使徒でしょうか、そうであるなら戦略を立て、(上記の意味での)エクレシアを招集し、神の国化されるべき場所をターゲットに定めましょう。

3)あなたはエクレシアの構成員として使徒を支える立場でしょうか。そうであるならそこにエネルギーを注いでください。

4)今回の学び全体を思い巡らし、自分の立ち位置となすべきことを再確認しましょう。