■(4)■ 予備知識(段階があることについて) ■


話を進める前に・・・

異言には種類があることを見てきました。それとは似ておりますが、もう少し別の角度から異言の種類について深堀していきたいと思います。


その為に、予備知識といくつかの事を説明していきたいと思います。

これは主に次の2つです。

.(1)2種類のバプテスマ

.(2)聖霊の内住と、聖霊のバプテスマの違い

.(3)賜物には段階がある


.(1)2種類のバプテスマ

バプテスマとは洗礼の事です。

そう、キリストを信じる表明として、全身を水に浸ける儀式です。

ギリシャ語でバプティゾというのですが、浸すことを意味します。

聖霊のバプテスマとは同様に聖霊に浸されることを意味します。


.(2)聖霊の内住と、聖霊のバプテスマの違い

この聖霊に浸されることは、キリストを信じだときに自動的に聖霊が内住することとは別の事です。

バプテスマという言葉の意味においては、聖霊に浸されることであり、感覚的にはあふれるという感じです。

カップに水を注いでも、ガラス製でなければ、どれくらい中に入っているかは見ることができません。

私たちの内側に住まわれる聖霊もそのようなものかもしれません。

誰がどれくらい聖霊に満たされているかは見ることができません。

しかしカップの中の水を見ることができる時があります。

それはコップに注ぐ水があふれたときです。

ある意味、それが聖霊のバプテスマです。あふれる聖霊に浸されるイメージです。

ただ、一つ勘違いしてはならないことは、聖霊に浸されたからと言って、聖霊が与える人格である御霊の実を得たとか、聖霊の力である聖霊の賜物を得たというわけではありません。

もちろん、それらを得るための有利な位置に入るでしょうが、そう単純なものではありません。

いずれにしても、聖霊のバプテスマを受けるときに、外から見えるあいるあいというものがあるものです。

その代表的なものが異言を語ることです。

使徒の働きを見ると、いくつもの箇所で聖霊のバプテスマを受けるときに異言が語られる様子がうかがえます。

しかし、それには「聖霊の.賜物や任命には段階がある」という記事にあるように段階があるのです。


異言についても同様です。

マルコ16章に戻りますと、そこには「信じる者は新しい言葉を語り」とあるように、信じる人すべてが語るレベルの異言があります。

また、第1コリント14章に書かれた、(言葉そのものには意味はないけれど)語ることによって個人を建て上げるレベルの異言があります。

そしてまた、具体的な外国語や解き明かすことによって教会の徳を高める異言があるという事です。



デボーションの課題

1) 聖霊の力や任命に段階があることについての理解を主に求めましょう。

2) その理解の原則を、その他の事柄に対しても適応できるように求めましょう。