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気になる人はそんなに多くはいないと思いますが、聖書的に言って洗礼は誰の名によって授けるべきなのでしょうか。 ある人はマタイ28章29節を思い浮かべて、「『父、子、聖霊』の名による」と答えるかもしれません。 しかし、聖書を注意深く読んでいくと、そのような記述はもう登場せずに、あるのは「イエスの名」によって洗礼を受けるシーンばかりです。(使徒 2:38、8:16、10:48、19:5) このことをどのようにして合理的に理解することができるのでしょうか? この件に関して、実際には矛盾がありません。 なぜなら、「洗礼とは父、子、聖霊の交わりの中に加わること」という記事にあるように、マタイの28章19節では「父、子、聖霊の名によって」とは書いていないからです。 まず、コロサイ3章17節には「全てのことをイエスの名によって行いなさい」と書いてあります。 そのすべての中には、洗礼も含まれております。 その上で、洗礼を授けるときに、「父、子、聖霊の交わりの中に加わること」を宣言するのです。 もちろん、それ以外の方法はダメだというわけではありません。大切なのは信仰によって物事を行う事だからです。