クリスチャン二元論の罠 20/04/08


二元論という言葉には、状況によってさまざまな意味がありますが、キリスト教の世界で一般的に次の二つの悪い意味でつかわれます。

@ 陰陽

この世は善と悪でできており、その力は拮抗している。この考え方は神様とサタンを同等の力とみなす恐れがあります。

A グノーシス主義

グノーシス主義とは「知識」あるいは「霊知」と新約聖書で訳された言葉です。これは一般的な知識とは意味が異なる異端の教えです。

禁欲であり、世俗的な快楽を避けるものです。霊を良いものとし身体をけがれたものと考えます。

第1テモテ6:20


しかし、今から語るクリスチャン二元論とはそれらとは異なります。これは、この世界を霊的なものと、物質的なものの二つに分ける考え方です。

その考えそのものはあながち間違いではないのですが、その中間がないので極端な考えに陥る場合があります。

たとえば、病気になった場合、それは全部悪霊の仕業だと考えたり、うつの治療に医者や薬は必要ないと考えます。

また、物事の原因と結果に対して霊的な因果関係をつけようとするので、大災害が起こるとそれが罪の結果であると考えたりします。

イエス様は倒れたシロアムの塔(ルカ13:4)についての見解をもってその考えを否定しています。

※ もちろん、究極的に言うなら、エデンの園で人類が罪を犯した結果ですが。


中間がないと考えるときに、この世がどうして悪くなっているのかについて、「サタンがいるから」、「人が罪の性質を持っているから」という答えを出します。

もちろん、それは正しい答えですが、真実はそれだけではありません。

中間的存在として、マーケットプレイスミニストリー的にサタンの代理人が働いているからでもあるのです。


そして、もっと困ることは、このクリスチャン二元論と「レフトビハインドクリスチャンへの警鐘」という記事にあるように患難前携挙説が結びつき、自分たちは苦難に逢わないのでこの世の中がどんどん悪くなっていっても平気で、むしろそれを見て世の終わり=キリストの再臨が近いと言って喜ぶ考え方です。

私たちは賢くある必要があるのです。