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救いはキリストの信仰を受け取ることにある (25/05/19) ローマ3:22 すなわち、イエス・キリストを信じることによって、信じるすべての人に与えられる神の義です。そこに差別はありません。 この有名な御言葉の翻訳は、新しい版の聖書が出るたびに翻訳委員会で論争されます。 この「イエス・キリストを信じることによって」と訳された部分は、ギリシャ語原語ではあきらかに「イエス・キリストの信仰によって」です。 しかし、多くの聖書学者、牧師をはじめ教職者たちにとっては受け入れがたいものでした。 というのも、この御言葉を素直に読めば、救いというのは「頑張ってイエスを信じる事ではなく」、「イエス様が用意された信仰を受け取ることにある」と読めてしまうからです。 頑張って信じなくなってしまうと、信者たちがなまけものになってしまうと考えてしまったのでしょうか? しかし、「信仰がイエスによって与えられる」という考え方事態は使徒の働き3章16節に「イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの前で、このとおり完全なからだにしたのです。」とあるように、他の個所では描かれているものです。 それでは英語の聖書ではどうなっているでしょうか? (KJV) the faith which is by him hath given him ○ このようにまちまちの結果ですがKJV以外は新改訳とだいたい同じです。 そういうこともあって私達は「SCGがキングジェームズ版聖書を指定している理由」という記事なるように、それを推薦しているのです。 ここで興味深いのは(KJV)と(NKJ)との違いです。 ※ King James Version New King James Version New KJVは KJVを現代の分かりやすい言葉に翻訳しなおしたものなのですが、そんにもかかわらずKJVの良さを失ってしまっております。 いずれにしてもこれらの事から、翻訳者は、正しくありたいと願いながらも、思い通りにならない現実というものがあることに気が付かされます。 さて、このことは、単なる私の想像ではなく、聖書翻訳委員会の生の声がそれを物語っております。 この「キリストの信仰によって救われる」と翻訳すればよいという、ごくごく単純な問題に対して多くの学者が、そうできなくて悩んでおります。 それで、「信頼性」と訳することでなんとか理性を保とうとしております。 参考資料:船の右側2020 4月Vol.76の記事より浅野淳博氏(関西学院大学神学部教授)の講演内容 信仰と翻訳することに躊躇するので、上記の記事では「信頼性」としましたが、聖書協会共同訳では「真実」と訳しました。また、その翻訳の過程のレポートを読むなら「信実」という新しい言葉を作り出すことも検討されたようです。 そこまで、こねくり回さねばならないというのは驚きです。 素直に「信仰」と翻訳すれば済むところなのにもかかわらず。
(NKJ) the faith which comes through Him has given him ×
(NIV) through faith in Jesus Christ ×
(NAS) through faith in Jesus Christ ×