4)ゼカリヤ書5章:エパ枡・大淫婦・世界を見張る目
今回の旅においての鍵となる御言葉はゼカリヤ5章5節〜11節です。
旅行に立つ前にこの箇所が鍵となる御言葉として与えられていましたが、ワシントンDCに来ることによって、かなりの部分の理解が与えられたように感じます。
まず最初に、5章6節の「これは、全地にある彼らの罪だ。」という言葉に注目してください。
新改訳聖書であるなら、ページの下部に書かれた注釈を見てください。そこにはヘブライ語の言語では「目」と訳されています。聖書は原語から訳すのが基本なのにどうして70人訳や別の訳を採用して原語から翻訳しないのか私にはまったく理解できません。
いずれにして、このゼカリヤ5章6節の「全地にある彼らの罪」の正しい訳は「全地にある彼らの目」となります。
「全地にある彼らの目」とは、もちろんフリーXーソンの象徴とされているピラミッドについた目のことです。
今、彼らの監視網が全世界に引かれています。今日Go・gleを利用する人が増えていますが、Go・gleこそ監視社会の象徴です。
エパ枡は小麦を量るための枡で、これは経済活動を表しています。それがわかればその中に座るひとりの女の解釈もわかることでしょう。これは黙示録に登場する「大淫婦」なのです。
この大淫婦の解説については以前「黙示録の大淫婦とは誰か」 という記事に書いたように、信用創造などの金融工学、無からお金を無限に作り出すシステムをあらわしています。
この女の力は、鉛のふたが閉められることによってその影響力は一時的には限定的でした。国際金融組織は15世紀にはすでに国家を影で操るほどになっていましたが、それでも表立った存在ではありませんでした。なぜなら、彼らはあくまでも金貸しであって通貨の発行権を持ってはいなかったからです。彼らが本当に力をつけたのはイギリスに寄生するようになってから後のことです。神殿に安置された後に、女王の座につかねばならないからです。
ゼカリヤ書5章9節に「大淫婦」の入ったエパ枡を「ふたりの女」が「こうのとりの翼」で飛び持っていきました。
ふたりの女とは(次のページで解説されますが)アメリカで有名なニューヨークの「自由の女神」とワシントンDCのコロンビアレディーです。
ゼカリア5章11節の「シヌアルの地で、あの女のために神殿を建てる。それが整うと、そこの台の上に安置するためだ。」という言葉があります。シヌアルの地とはバビロンを表しています。
ですから、その神殿が建て上げられ大淫婦が安置されるバビロンとはこのワシントンDCとニューヨークです。
ワシントンDCでは「信用創造」によってドル通貨を生み出し、
二ューヨークでは「金融工学」によって、株式市場に代表されるように、ありとあらゆる金融派生商品を生み出すのです。