大淫婦について
黙示録17〜18章に書かれた大淫婦とは何かについて諸説があります。1)ローマ帝国、2)この世の強欲 3)偽りの宗教システム。4)その他 しかしこれらのどれも大淫婦の描写に的確ではありません。
私が思うに、大淫婦とは「金融を背後であやつる霊」であり、また「金融システム」そのものだと思います。
「金融」とカッコつきで書いたのは一般に知られている金融システムということでなく、通貨そのものが詐欺である。と先に書いたようにもっと幅の広い事柄です。
それはお金の歴史で説明したように、貨幣のシステムが変遷するたびに便利になりましたが、実際には不正と詐欺の度合いが強まっているのです。
黙示録17章6節 「そして、私はこの女が、聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。私はこの女を見たとき、非常に驚いた。」
ヨハネが何に驚いたのかは正確にはわかりません。しかし、お金と呼ばれる中立的なもの「人の用い方によって良いものにも悪いものにもなる」と考えられているシステムが全人類を奴隷化し滅ぼそうとしていることを知るならそれは大きな驚きです。
「お金とは公然とした詐欺のシステムである。」という言葉をはじめて聞い方は意外に聞こえたことでしょう。そう、これは意外な敵なのです。
この霊を「お金に対する欲」という人のひとつの罪という言葉で片付けて矮小化させたくありません。なぜなら、スペインが植民地を獲得したり他の国が植民地の権利をめぐって戦争を犯したのは単に「お金に対する欲」が原因だったわけではなく、借金返済の為にそうせざるを得なかったからです。
この大淫婦であるところの「金融システムとそれを背後であやつる霊は」は国々に繁栄を約束し、事実、一時的な繁栄を享受するものの、その結果もたらされるものは戦争か経済恐慌なのです。スペインはもっとも繁栄していたと思われる絶頂期の16世紀ですら2度も破産を経験しているのです。
(信用創造についての説明。)
そしてまた、今日では誰も理解ができないほどの複雑な金融システムによって富が無から創造されています。
当初は、それを利用して自分の益の為に支配者達は用いていましたが、次第に制御不能になり逆に支配されてしまったのです。
お金の歴史を見るに当たって、10世紀頃に銀行制度が成立してから今日までこういった詐欺行為が公然となされてきました。「地上の王達はそのシステムと姦淫を行い、商人は富を得たのです。(黙示録18章3節) 地上の王達は「金融」とかかわり富を得ました。
地上の王達は黙示録17章2節に書かれているように。この不品行のぶどう酒に酔い、またその魔術(黙示録18章23節)に目がくらまされているのです。
「大バビロン」は繁栄と堕落を意味しています。古いバビロンは武力により他国を搾取しましたが、今日の大バビロンは人々から搾取しています。太平洋戦争以降目に見える「植民地」はなくなりましたが、目に見えない「経済植民地」は日本を含めて世界中に存在するのです。
黙示録17章15節 「御使いはまた私に言った。『あなたが見た水、すなわち淫婦がすわっている所は、もろもろの民族、群衆、国民、国語です。』」
この言葉にあるように。確かに今日「金融」はすべての国民を支配しています。
この「金融」は20世紀の終わりまでに世界のすべてに張り巡らされたシステムです。ですから裁きの日に神がシステムを滅ぼされるときに支配者達、証人達は泣き悲しむのです。(黙示録18章11節、16節〜18節)
「金融」は実体の無いお金ですから、このシステムが破壊されるとすべての富が一瞬にしてなくなってしまいます。
しかしツロに対する言葉は(エゼキエル27章25節〜36節)の宣告が(黙示録18章14節〜20節)の大淫婦に対する宣告に似ていることからわかるようにこのツロとはサタンそのものではなく支配の片腕である大淫婦に対するものであると解釈したほうが自然です。
この両者を分けて考えることによって黙示録に対する理解は深まってくることでしょう。