終末における正しい世界観の学び(1)序章 2010/1/13
マタイ23章30節『私たちが、先祖の時代に生きていたら、預言者たちの血を流すような仲間にはならなかっただろう。』と言います。
この聖書の言葉は私の心にいつも問いかけます。
太平洋戦争から終わってから65年たった今、とりなし手と呼ばれる多くのクリスチャンが過去の日本の過ちを見てとりなしたり、代理に謝罪したりしています。
先に「捏造と誇張された日本の戦争犯罪」というような記事の中でそれは洗脳による歴史認識であり、その行為の問題点は日本人が自分自身や自分の親、国を愛せなくなるという問題がありますが、それだけでなく、将来サタンの働きの拡大に用いられてしまうという重大な問題を含んでいます。
重大な問題とは、まず第一に「今日起こっていることに対して目を閉ざしてしまう」ことです。
もう一つの問題は「外国人参政権」の問題のように、日本人の罪責感につけこんで、グ口−バリズムという羊の衣を被った「世界統一政府」作りを促進させてしまうことであり、クリスチャンがそれに手を貸してしまうことです。
ですから、上記の聖書の言葉は、先人の過ちを見るのに現在の自分達の過ちに気がつかない人に対する警鐘です。
その戦いは、武力は伴わないかもしれません。しかし、その工作活動は盛んに行われており日本の世論が動かされています。NHKですら反日捏造報道を平気でするほどです。
2009年4月5日に放映された「NHKスペシャル/シリーズ・JAPANデビュー」の中で台湾人が日本時代を懐かしみ親日発言しているインタビューの中で、その部分を放映せず、付属的に語った否定的な発言を誇張して放映しました。この放送は台湾人数百人を含む8000人による・提訴に発展しました。
まさにそれは聖書が言う「人が獅子の前を逃げても、熊が彼に会い、家にはいって手を壁につけると、蛇が彼にかみつくようなものである。」(アモス5章19節)のようなものです。ただ、問題を避けているだけであるなら別の問題に入り込んでしまうのです。
そして、その新しい問題について国民は良く知らないのです。
もし、この言葉を大げさだととらえたり、ばかげていると思うのであるなら、太平洋戦争前に正しいことを語っていたクリスチャンも同じように見られていたことを思い出してください。
それは祈りの祭典で日の丸が尊ばれていたり、クリスチャンの間で、「日の昇る国日本、日本が立ち上がる、日本に計画がある。」などということが盛んに叫ばれていることに見られます。
かってのキリスト教の教えでは、神の国が第一で、日本という枠組みは二の次、三の次であると考えられていたからです。そういった中で、国家という枠組みの大切さを知るクリスチャンが増えていることは喜ばしいことです。
ただ、その愛国心をただ、自己満足に用いるのではなく、グ口ーバリズムに対抗するという日本に与えられた役割、という使徒的、戦略的な位置づけで用いていただきたいと思います。太平洋戦争の一つの意義は少なくともそれだったからです。
参考資料:・インドネシア独立戦争
根本的な祈りなしで人を遣わすことは、狼の中に子羊を送り出すようなものになってしまいます。
2010年、教会はいまだかって通ったことのない戦いに入ろうとしています。教会はその準備ができているでしょうか。
でも、恐れることはありません。主は・イザヤ書41章3節の約束に従って「誰も通ったことのない道を安全に通っていく」と約束されているからです。
また、・G8サミットの為の祈り会で自覚したように、その働きの為に北海道は任命されているのです。
そして、それに対して誇りを持って欲しいと思います。というのも、これは最先端のミニストリーだからです。
「とりなし手=見張り人」です。見張り人は城壁の上から外部で起こっていることを見張っていました。そうであるなら。私達も、世の情勢を見張り、知るべきなのです。
「蛇のようにさとく」であるべきなのです。(・マタイ10:16)
祈りのポイント
1)先入観を捨てさり、神がこの時代において願っている真のとりなしての姿を求めましょう。
2)自分の中に反抗心、競争心、その他神の子としてふさわしくない態度がなかったかどうか吟味しましょう。
3)・第一テモテの手紙2章1節2節にしたがって政治家や上に立つ人の為に祈りましょう。
4) 「外国人参政権」法案が18日召集の通常国会で成立する可能性が出ています。ニュースを見ると反対する世論が高まっているので流れる可能性がありますが、まだまだ油断できません。