G工イト・サ三ットの為の祈り会はとても特別な祝福されたときでしたが集会スタイルが特殊であった事や、預言的行動と言うものになじみが無い方にとっては深くは入っていけなかったという意見もお聞きしています。
解説が加えられなければ、ただ単なる「盛り上がったイベント」で終わってしまう可能性もありますので、そこでなされた事に対しての検証と解釈が必要だと思います。
最初の集会であったがゆえ、第二の天を突き破り第三の天に達するための祈りが必要でしたが、でも、どうして「侍」だったのでしょうか。
でも、究極を言えば、「侍」かどうかは重要なことではなく、これから解説する内容に至らせるための道しるべに過ぎないとでも思っていただいてもかまいません。
いずれにしても、今回啓示された「侍」スピリットが立ち上がる事とG工イト・サ三ットへの祈りには関連があることを知っていただくために「G工イト・サ三ットの背後で何が働いているのか」そして「誰が侍スピリットを日本人から奪ったのか」という2つのテーマに沿って解説させていただきたいと思います。
ですから、「世界の首脳達にへりくだりと知恵が与えられて石油価格、CO2の排出、貧困の解決」などといったG工イトで取り上げられる議題がうまくなされるように。」と祈る事も大切かもしれませんが、究極的に言うなら、それらは、グ口ーバルな祈り関わっていくことの入り口であり本城ではありません。
ですから今回のとりなしの祈り会が成功したかどうか、あるいは、わざわざG工イトの為のとりなしのグループが日本に来た事の意義の有無を、サ三ット後に、石油価格がどうなったかどうかや「ジンバブエの経済の情勢が好転したかどうか」などで測ることはできません。
私にとって、最も大きな意義は、まず第一に、そういったアクティビティーを通じて「北海道に使徒的預言的土台が築かれた」ことが重要であったと思います。
日本から侍スピリットが奪われる機会が歴史上2度ありました。一度目は明治維新でした。廃刀令が出たことからわかるようにこれは物質的に侍が失われました。
そして、太平洋戦争の敗戦と占領政策の一環として「日本人に罪責感を負わせたことによって」良い意味での侍精神も失われてしまいました。
したがって、日本から侍を奪った存在と今日、グ口ーバルゲートの為の祈りの(究極的な)対象は同一であり、G工イトのサ三ットの為の祈り会を通じて、たとえ私たちが意識していなかったとしてもそれに対する霊的な戦いでもあったのです。
ですから、この集会を通してなされた霊の戦いは、江戸の末期から、いや、もしかしたら種子島への鉄砲伝来、以来この国に進入しコントロールしようと働いていた、グ口ーバル化の背後で働く霊的力に対する日本における公の霊的戦いであったと私は考えます。
侍や日本刀と言ったものは、さほど重要でなかったとしても、これらのキーワードを通じて私たちは、私たちの祈りの役目が何であったかを学ぶ事ができるのです。